「僕の味噌汁を毎日作ってくれ!」

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「僕の味噌汁を毎日作ってくれ!」 「·····無理よ」 「なぜだ!」 「無理なものは無理なのよ·····」 「まさか、僕以外に好きな奴がいるのか!」 「そ、そう言う訳では無いけど·····」 「いいや、その様子は、僕以外に好きな奴がいるんだな!」 「違うって言ってるじゃない!もう、静かにしてよ!周りのテーブルにも人がいるのだから、大声出すと周囲の人に迷惑でしょ」 「さてはアイツだろ!学生時代に飼っていた猫を診てもらった若い獣医が頼もしかったとか言っていただろ!」 「な、何を急に!いつの話をしてるのよ!」 「獣医なんて辞めておけ!」 「だから、別にあの獣医さんのことは、好きでもなんでもなかったんだってば·····なんでこんな事ばかり覚えてるのかしら·····」 「それならば、僕の事が好きなのか?」 「何を言いだずのよ、この人は·····」 「答えを聞くまで、僕は引かないぞ!」 「人前でやめてよ·····本当に」 「僕の事が好きなのか?」 「·····えぇ、そうよ。·····もう。何、言わせるのよ、この人は·····ホント恥ずかしいわね」 「僕達は相思相愛なわけだ!」 「·····恥ずかしいから、お願いだから、大きい声を出さないでよ!」 「ならば、なぜだ!?僕は君の作った味噌汁を毎日、飲みたいんだ!作ってくれ!」 「だから、無理なのよ·····私はもう車椅子だから、台所に立って料理する事も難しくなったから今こうして貴方とここに居るのよ。それにねぇ·····言っても分からないとは思うけど、言わずにおられないから言っちゃうけど·····味噌汁って簡単に言いますけど、お出汁から本格的に作ったら本当に手間暇かかるのよ!?具だって毎日同じではつまらないだろうからと、ワカメにするか、お豆腐にするか、なめこにするか、それともナスにするか、頭を捻らないといけないし·····だし用の昆布と鰹節は常に切らさない様に常備しなくてはならないし··········それを1年365日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日·····70年私はよーく頑張ったわ!なのに言い出しっぺの貴方からは1度も『美味しい』の一言すらなかったのよ!あー思い出したらムカムカしてきたわ!」 「ヨネ子さん権三郎さん、どうしたんっすかぁ?大丈夫っすか?夫婦喧嘩ですか?あれ、権三郎さんはいつもの黙りモードに戻っちゃったみたいっすね」 「ごめんなさいね。食堂で騒いでしまって。有料老人ホームのスタッフさんは忙しいのだから、ご迷惑お掛けするつもりはなかったのよ」 「いえいえ、大丈夫っすよヨネ子さん。でも、珍しいっすね。認知症の旦那さんの発言には、ヨネ子さんいつも言い返さずに話に付き合ってあげてたのに、今日はどうしたんっすか?」 「いえね、旦那が朝食に出てきた味噌汁を見て、急に昔の記憶を刺激されたのか『僕の味噌汁を毎日作ってくれ!』って言い出してね」 「もしかして、権三郎さんはヨネ子さんに、そう言ってプロポーズしたんすか?うおー、マジでその言葉でプロポーズする人っていたんっすね」 「今思うと何でそんな言葉に頷いてしまったのだろうと思うわよ·····本当に昭和の価値観よねぇ。令和の価値観では『毎日、僕が作った味噌汁を飲んでくれませんか?』くらい言わないと結婚して貰えなさそうよね」 「それイイっすね。今度カノジョに『毎日、僕が作った味噌汁を飲んでくれ』って言ってみようかな·····。にしても、権三郎さんはきっと、ヨネ子さんの作った味噌汁を飲みたいんっすね」 「ただのボケ老人の戯言よ。聞き流していいわ。それに作ってあげたくても、私はもうこの体では台所に立てないもの·····」 「いやいや、工夫すれば出来んじゃないですか。ヨネ子さんに材料考えてもらって、それ揃えて·····ローテーブルでヨネ子さんに具材を切ってもらって·····コンロとか、立たないと難しい部分は俺が代わりにやりますんで·····うん、いけそう。あとでホーム長に相談して、イベント企画立てるんで、ぜひやりましょうよ!ついでに俺に、味噌汁の作り方を伝授してください!」 「あら、そう。なんだか、そう言われると久しぶりに味噌汁作りたくなってきたわ。やってみようかしら」 「ぜひ、やりましょうよ。ねぇ、権三郎さんもヨネ子さんが作った味噌汁飲みたいっすよね?」 「ヨネ子って誰だ?それより晩ご飯はまだか?」 「権三郎さん、これは朝食ですよー。テーブルの目の前に座ってるのが奥さんのヨネ子さんですよー」 後日、青年の企画が通り、有料老人ホームにてヨネ子さんは味噌汁を作る事になる。 その味噌汁を飲み、権三郎さんが「·····美味い」と一言ボソリと言い、ヨネ子さんが涙する事になるのは、また別の話である。
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