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「お父様……」
「ヴェルシェル、いい子だね。こっちに来てそこの椅子に座りなさい」
父王が示した先に、一脚の椅子が用意されている。
「はい……」
ドキリとして、ヴェルシェルの足が一瞬止まった。
革張りで、随所に宝石があしらわれた豪華な作り。更にそれは祭壇の一番奥に鎮座する『守護女神ヴァイエル』の真ん前で、祭壇に背を向ける形で用意されているのだ。
恐る恐る椅子に座る。その真ん前に父王と大神官がいる。
この位置関係はすなわち、ヴェルシェルが『神の御使い』として国父と神官を従えて神託を行う主従関係を意味していると言っていい。
『人並み』どころか神と同列の扱い。これまでの半幽閉が嘘のような。
背筋にゾッと冷たいものが走る。
これからいったい、何が起こるというのか。
「よく聞きなさい。大事な話なのだ」
父王がゆっくりと口を開く。
「今からおよそ4000年ほど前の事だ。この国に恐ろしく強力な魔物が現れてな……」
魔物は人を餌とし、手当たりしだいに民を襲ったという。兵隊が槍や剣で立ち向かうものの、強固な魔法障壁の前に全く刃が立たず。このままでは国の壊滅すらありうるかと思われた、その時だった。
「ひとりの勇敢な少女が、魔物の前に立ちふさがったのだ」
彼女は当時16歳となる、国王の一人娘だったという。
「その王女は自分を囮にして魔物を誘き寄せたのだよ。……この、礼拝堂のある場所にだ」
父王が床下を指し示す。
「この地下にはな、巨大な深い自然の穴が空いておる。誰もその底を知らぬという深さよ。王女は自らの身を挺して魔物をその穴に引き寄せ、自分ごとその穴へと落とす事で魔物を退治したのだ」
それは王室の歴史に語り継がれる英雄譚。
「その者は『ヴェル』という名であったという。……我が国を守る象徴たる『守護女神ヴァイエル』の元になった名だ」
「ヴェル……」
己の名前の『ヴェルシェル』も、それに因んで付けられた名であったか。
「そして、その穴を霊的に封じるために、この礼拝堂は建てられたのだ」
「が……しかしです」
額に皺を寄せて暗い顔をしている大神官コクォルツがその後に続く。
「国王の代が入れ替わり、次代の王に『ヴェルギィ』という一人の娘が授かりました。その王女が齢16を迎えた時、異変が起こったのです。封じたはずの魔物に動き出す気配が出たのですよ」
どうすれば魔物を再び封じる事が出来るのか。当時の神官たちが出した結論は。
「魔物が『贄』を欲しているのではと。ならば、王女ヴェルギィ様に『贄』となって頂くことで魔物を鎮めるしかないという結論に」
そして王女ヴェルギィは魔物の穴に自らの身を投じ、魔物は再び大人しくなった。
「その後、まるで呪いが掛かったの如く王家には娘が授かるようになりましてな。……皆、齢16になると荒ぶる魔物を鎮めるために魔物の穴に身を投じていかれたのです」
「分かるな、ヴェルシェル」
父王が身を乗り出してきて、ヴェルシェルの肩をそっと抱く。
「今宵、お前がその役を引き継ぐのだ」
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