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──自分は何をしようとしているのだろうか。
ヴェルシェルは半ば呆然としながら、荒削りな石階段をとぼとぼと降りていた。
父王と大神官に諭され、頭が混乱したまま守護女神像の背後に隠された秘密の扉から『奥』へと入った。
そこは凛とした礼拝堂とは似ても似つかぬ、暗く無骨な岩の世界。
「いってらっしゃい、『いい子』だね」
父王は、そう言ってヴェルシェルを優しく送り出した。
コツン……コツン……。
自分の靴音だけが、暗闇に響く。気持ちばかりに持たされたランプの頼りない灯りが足元をゆらゆらと照らす。
石階段の幅は恐ろしく狭く、1フィート(約30センチ)そこそこしかない。無論、手すりなぞありはしない。何しろ、途中で落ちたとしても何の問題もないのだから。
父王の語った伝説は、真なのであろうか。もしや何か試練の類いで、この先に父王か使者が待ち受けているのではないのか。『お前の勇気を試したのだ』とか。
……いや、多分あれは『真実』だ。
足元の石階段には、多くの『擦れ跡』が残っている。そのせいで、石階段が前に向かって僅かに傾斜するほどに。数多の先人たちが、ここを通って穴の下を目指した歴史が刻まれているのだ。
ヴェルシェルは次第に自分の置かれた境遇が理解出来てきた。
何故、自分が王女として生まれてきたのか。 全てはこの時のためにあったのだと。
歴代の王は同じ様にして悩んだに違いあるまい。例え国民と国家の平穏を守るためとは言え、実の子どもを死に追いやるのは忍びないと。更には国民からの眼もある。批判を浴びて王政に不満が上がるのは避けたいだろう。
だから、妾腹に産ませたのだ。少しでも呵責を感じないように。
そして国民の眼から隠し通し、『生贄』として人知れず魔物に捧げる。
そうか、自分は最初から16歳で死ぬ運命として今までの人生を生きてきたのか。
涙が自然と頬を伝う。
声を上げて泣くわけではないが、勝手に涙が溢れてくる。
ああ、これは邪魔だ。唯でさえ悪い視界が、より不鮮明になっていく。
その瞬間だった。
「……あっ!」
それまでちゃんとあった筈の『石階段』が、突然に無くなったのだ。
踏み外しかけた先で、欠けた石ころが奈落の底へ目掛けてパラパラと落ちていく。
「……!」
そうか。やっと理解した。ここの穴に『下へ降りる階段』がある意味を。これは『人生を諦めるための時間』なのだ。こうしてゆっくりと階段を降りる中で人生に絶望し、全てを諦めさせていく。
そして、『穴に飛び込む勇気』を得られない者のために『不意打ちを食らわせて落とす』。これはそういう仕掛けなのだろう。
「ふぅ……」
だが不幸なことにヴェルシェルは気づき、立ち止まってしまった。
「どうしようか」
底へと続く真っ暗な闇を前に、ヴェルシェルは『最後の一段』に座り込んだ。
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