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もしもこのままずっと石階段の上で座り込んでいたなら、どうなるのだろうか。
冷たい岩の壁にブロンドの髪をもたせかけ、ぼんやりと考える。
ああ、普通の家に生まれたかった。
確かに『普通の家』なら食に事欠く場合もあるかも知れないし、身の回りを世話する人もいないだろう。
だがそれでもたった16年の命で、最後は『自ら喰われにいって終わり』という悲惨な最期を遂げる事はなかったはずだ。『普通の人生』ならば。
……助かる道は、無いものか。
父王は自分を『死んだもの』と考えて、礼拝堂を去らないだろうか。そうしたら隙を見て逃げる事は出来ないだろうか。
だが、そうすれば『魔物』が。
期待した生贄が手に入らなかった魔物が暴れて外に飛び出せば、大勢の人間が犠牲になるのだろう。
皆んな『死にたくない』に違いあるまい。そう、自分と同じように。ならば、逃げるという選択肢は有り得ない。だって私は『いい子』なんだから。
『いい子』……『いい子』って何なんだろう? お父様が求める『いい子』って。お父様は私に何を求めていたのだろうか。
ふと、足元の暗闇に眼を移す。
本当に魔物は今でもいるのだろうか。4000年も前の話なのだ。如何に魔物とて寿命が尽きていても不思議はあるまいが。
すると。
ズリ……ズリ……。
穴の遥か底の方から、何かが這い上がってくる音がする。かなりの大きさだ。闇の中で巨大な影か蠢いているのが分かる。
「いたのね……」
眼を閉じて、上を向く。
残念なことに『期待』は常に裏切られる。残酷な現実だけが、その場にあるだけで。所詮私の抵抗なぞ蟷螂の斧に過ぎまい。ならばもう、全てを受け入れる他ないのか。……これが、国を守るための礎になるのだと信じて。
けど……だけど!
「嫌……だ。嫌だ嫌だ嫌だぁ!」
漂ってくる生臭い息に本音が溢れて止まらない。
泣き叫ぶ足元に、不気味な影が迫っている。もう、ほんのすぐ真下だ。
ああ、何で私なんだろう。何で私がこんな目に逢わなければならないのか。私がいったいどれほどの悪事や反道徳を働いたと言うのか。
私は『いい子』にしていたはずなのに!
お父様、どうか理由を!
いや……違う。今、ハッキリと分かった。
お父様が私に求める『いい子』とは自分と国を守るためにその身を犠牲とする事を厭わない、都合のいい子だったんだ。
父上様は、ずっと私にそれを求めていたのだ。生まれた時から!
今まで感じた事のない、激しい怒りが腹の底から沸き上がってくる。
自分の足ほどもあろう太い指が、ヴェルシェルの細い右足を掴んだ。そして、凄まじい力で下へと引きづりこんでいく。
「お……のれ! 父よ! あなたは満足か?! お前が……お前たちだけが助かって満足か?!」
遥か見上げる地上からは何の光とて見えない。
下を見下ろせば引っ張られる先に大きな『洞穴』が見える。あれは……魔物の口か。
噛みしめる唇が切れ、出血が喉元を伝い落ちていく。
「止めだ! 止めだ止めだ! もう『いい子』なんて、止めにするんだ! 恨んでやる! 祟ってやる! 呪ってくれる!」
大粒の涙が頬からこぼれ落ちていく。これまで出した覚えの無いほどの大声が、呪詛の響きをもって岩を穿つ。己の身体が魔物の喉に吸い込まれていく。
「覚えおけ! 例えこの身は魔物の餌と朽ちようと、必ずやこの恨みを晴らしてくれん!」
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