均量を求めて彷徨う天秤のように

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 巨大な掌は国王ベルンシェルグの胴体をがっちりと掴み、そのまま夜の闇に高々と持ち上げた。  あたかも、捕獲した獲物を誇るかのように。 「う、うわぁぁ! 降ろしてくれぇ!」  バタバタと藻掻く、その時だった。ベルンシェルグが何かに気づく。 「うう! あれは……」    『犠牲の女神(ヴァイエル)』。その額の真ん中にあったのは他ならぬ自身の一人娘、『ヴェルシェル』の顔だったのだ。 「ヴェ、ヴェルシェルか! そこにいるのはヴェルシェルか?! わ、私だ! 私が分かるか? 父だ! ベルンシェルグだ! お願いだからどうか正気を取り戻しておくれ! 分かるだろう? お、お前はなんだから!」  だが、『犠牲の女神(ヴァイエル)』は国王ベルンシェルグを降ろそうとはしなかった。 「フフ……オ父様、残念デスケド」  『ヴェルシェル』の顔が冷たく嘲笑う。今まで見せた事のないほどの、まるで夜空に浮かぶ満月のような全てを達観した冷たい目つき。 「『ヴェルシェル』ハモウ、『イイ子』ヲ止メタノデス」  ヴェルシェルの魂はすでに怨嗟渦巻く奈落の底へと堕ちた後。その発する言葉は人とは思えぬほど禍々しく、辿々しかった。  ギギギ……と、ベルンシェルグを握る力が強まっていく。 「ぐわぁぁ! し、締めるな! 胸が、肋骨が潰れる! た、助けてくれぇ!」  泣き叫び、ベルンシェルグは必死の命乞いをするが。 「ダッテ……私、知ッタンデス。私ニハ、『イイ父親』ガイナイ事ヲ。ダッタラ、『イイ子』モイナクテ当然デショ?」  バキバキバキ……と骨の砕ける音がする。 「ぐ……ぐわぁ……!」  肺を潰されたベルンシェルグは蟹のように口からブクブクと泡を吹き、目を剥いて意識を失い、そのまま『犠牲の女神(ヴァイエル)』の口の中へと呆気なく吸い込まれていった。 「こ、国王陛下ぁ!」  大神官が震える腕を伸ばすも、到底届くはずもなく。 「フハハハ! 我ガ恨ミ、思イ知ッタカ!」  『犠牲の女神(ヴァイエル)』は堪能するが如くベルンシェルグを飲み干すと高らかに嘲笑った。 「復讐ハ叶ッタ! コレヨリ我ハ『穴』ニ戻ル」 だが、それはヴェルシェルでしかない。その全身に満ち満ちた怨嗟の浄化には、あまりに遠く。 『犠牲の女神(ヴァイエル)』はギロリと大神官を睨みつけてを下す。 「サァ、大神官ヨ! 後ノ世ノ神官ニ語リ継ゲ! コレヨリ我ノ復活ヲ阻止シタクバ16年ゴトニ、ノ身ヲ我ニ捧ゲルベシト! ソノ契約期間ハ、4000ゾ!」  闇夜を震わすその高笑いは途絶える事無く、いつ迄も、いつ迄も……。 完
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