均量を求めて彷徨う天秤のように

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「ヴェルシェルは『いい子』だね」  父王が一人娘であるヴェルシェルを誉める時のセリフは、常にだった。その言葉だけが、彼女と父王を繋ぎ止める絆なのだ。  ヴェルシェルは国民の眼から隠された『王女』であった。  父親こそ国王ベルンシェルグであるが、彼女を孕んだのは他の兄弟と異なり王妃ではなく、名も知れぬ身分の低い妾だとされる。 人目を避けた城下町で出産されたヴェルシェルは、実際のところ自分の母親が何者なのかすら知らない。 そして今宵、彼女は16歳となる『運命の誕生日』を迎えようとしていた。 「……ヴェルシェル様、お支度はよろしいですか?」  仏頂面をしたお付きの女官がヴェルシェルの部屋に現れる。 「ええ、言われた通りに」  ヴェルシェルは女官の方を向くことなく返す。  自分の御付きを申し付けられた事にこの女官が酷く不満であるのを、ヴェルシェルはよく知っていた。他の女官を相手に「何でアタシがあんな妾腹の娘の面倒なぞを!」と憤慨していたのを偶然にも聞いてしまったからである。「『隠し子』の御付きでは自慢話も出来やしないし、舞踏会に帯同する機会もないじゃない!」と。 「では、儀式の間へとご案内いたします」  ヴェルシェルの無愛想に特に何も言うことなく、女官は部屋の外へと歩きだした。  その後ろから、淡いシルクのドレスに身を包んだヴェルシェルが続く。  シンと静まり返った、午前0時の石回廊。壁の灯火が床にタイトな影を映し出す。 顔には出さないものの、ヴェルシェルは生まれて初めて纏う『ドレス』が嬉しかった。 何しろこれまでは王妃や貴族の娘たちが『これでもか』とばかりに着飾ってダンスに興じる様を、植え込みの陰からこっそりと盗み見るのが精一杯の日々。  それに対して自分は『隠された身』。それが妾腹であるが故なのか、それとも何か別の理由があるのかまで知らないが、ともかく自分が華やかな場に出る機会はなかった。  それどころか、父親である国王ベルンシェルグとの会話ですら、公式な謁見の間や大きなリビングダイニングではなく、忘れた頃にふと顔を出す彼女の自室だったのだから。   そうして僅かな時間に訪れる父王の『いい子にしているのだよ』という言い付けをひたすらに守るしかなかった。そうすれば、父王はまたやって来てくれる。  なので、以前より父王から聞かされていた『16歳の儀式』には、とても興味を持っていたのだ。やっと自分も王族の一員して、他の兄弟と同じように扱って貰えるのでは……と。 「……場所は、宮殿の外なのですか?」  女官は庭に出て、尚も暗い庭をランプを片手に進んで行く。 「はい。礼拝堂にてお待ちと伺っておりますので」  相変わらずぶっきらぼうに答えると、女官はそのまま庭の端にある小さな礼拝堂のドアを開いた。  ギィィ……。  分厚くて重い扉が開くと、中に2人の男の姿があった。 「陛下、お連れいたしました」  恭しく女官が頭を垂れて後ろに下がる。 「おお。待っておったぞヴェルシェル」    中にいたのは正装を身に着けた国王ベルンシェルグと、大神官コクォルツであった。
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