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 家に帰ると… 「……」 「…何よ。」  玄関で、愛美が知らない男と抱き合っていた。 「…とりあえず、君は帰ってくれるかな。」  抱き合っていた男に言うと。 「……失礼します…」  男は、そそくさと走り去った。 「…今のは?」 「知らない。」 「知らない男と抱き合うのか?」 「誰だっていいの。寂しいだけだから。」 「……」  無言で、愛美を後ろから抱きしめる。 「……何よ、これ…」 「誰だっていいんだろ?じゃ、俺でもいいわけだ。」 「…何なの…今さら…」 「…そうだな…」  溜息をつきながら、愛美の頭に顎を乗せる。 「…ごめんな、愛美。」 「…何が。」 「気付いてたんじゃないのか?」 「……好きな人がいる事?」 「………ああ。」 「……」  愛美はガックリと肩を落として。  それから、俺に向き直って。 「で?好きな女の所に行くから、別れてくれって言いたいの?」  俺の足元を見ながら言った。 「……」 「そりゃあね…前の彼女を知ってるからさ…あたしなんて、ガキに思えてつまんなくなったんだろうなって。気付いてたわよ。」 「……」 「だけどさあ。あたしの人生、ナオトさんが作るって断言したよね。まあ、そんな誓いも愛も、時間が経ったらどうでも良くなるんだって、あたしは勉強させられたって思えばいいんだけどさ。」 「……」 「…何なのよ…好きな女って誰よ…あたし、ずっと…」 「武城(たけしろ) 桐子(とうこ)さん。」  俺が名前を言うと。  愛美は一瞬息を飲んで。 「………は?」  涙の溜まった目のまま、俺を見上げた。  見上げた勢いで、右目から涙がこぼれる。 「俺の、初恋の人。武城桐子さん。」 「……るーさんの、お母さん…?」 「ああ。」 「…マノンさんの…義理のお母さん…?」 「ああ。」 「…光史くんの…お祖母ちゃん…?」 「ああ。」 「…え?」 「…9歳の時に好きになって、以来…ずっと憧れてた。」 「……」  もはや愛美は言葉も出ない。  口を開けたまま、俺を見つめている。 「あの人と、どうこうなりたいなんて気はないよ。ただ…憧れが強かったのと、俺の中であの人が純粋過ぎて…」 「……」 「愛美にあの人の何かを求めてたわけじゃない。だけど……俺の身勝手な片想いに、愛美は振り回されただけだな…ごめん。」 「……」 「今日、公演を観て…自分の中で完璧に終わらせた。」 「……」  愛美は瞬きをたくさんして、眉間にしわを寄せて。 「…ちょっと…頭が…混乱してて…」  震える声で言った。 「…さっき、男と抱き合ってるおまえを見て思った。あー、俺何してたんだろって。」 「…それは、あたしと結婚した事の後悔?」 「いや…いつまで憧れと夢の世界に浸れば気が済むんだって。」 「……」 「まだ、俺の事好きか?」  俺の問いかけに、愛美は。 「はあ?」  下からえぐるような声でそう言ったかと思うと。 「ふざけないでよね!!何年あたしをほったらかして、寂しい想いさせたと思ってんの!?」  俺の胸ぐらを掴んだ。 「…二年ぐらい?」 「二年二ヶ月よ!!」 「…申し訳ない。」 「で?ナオトさんは、どうしたいの?どうして欲しいの?」  胸ぐらを掴まれたまま。  俺は、愛美の涙いっぱいの目を見つめていた。  …こいつ、こんなに大人っぽい目してたっけ。 「…何でも、愛美の言う通りにする。」 「…別れたいって言ったら…?」 「それはダメ。二年二ヶ月を償うためにも、一緒に居てもらわなきゃ困る。」 「……」  愛美は一度涙を拭うと、ふっと冷たい顔をして…吐き捨てるように言った。 「…じゃあ…もう一度プロポーズして。」 「…分かった。」 「ただし、あたしの心を動かすような物じゃなかったら…ダメだから。」 「……分かった。」  ああ…  分かった。と、答えてしまった。  いいのか?  だけど償いたい気持ちは本当だ。  本当だけど…  もう一度プロポーズ。  …さて。  そこまで熱くなれるのか?  俺。
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