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「ナッキー。」  ミキサールームでFACEの新曲を聴きながら、漫画を読んでるナッキーを捕まえて。 「ちょっと…今いいか?」  外に連れ出すと。  適当に車を走らせながら、ナッキーに問いかけた。 「あのさ。」 「うん。」 「家に帰ったら、まず…何してる?」 「は?」  俺の質問が意外だったのか、ナッキーは目を丸くして。 「手洗いうがいとかの事か?」  笑った。 「…いや…帰ったら、さくらちゃんがいるんだよな?」 「ああ。」 「で、ただいま…と。」 「ああ。」 「で?」 「で?って?どこかにキスする。」 「……」 「それから、晩飯作ってるなら手伝うし。」 「手伝うのか?」 「ああ。さくらは昼間も家の事してくれてるわけだし。」 「……」  ナッキー。  俺に、おまえの爪の垢をくれ。  うちは親父がそこそこに亭主関白だった。  母は専業主婦で、家の事をやるのは自分の仕事。と言わんばかりに動き回っていたせいか… 『男は家の事はしなくていい』という、古臭い頭が俺にもある。 「…それから?」  ハンドルを切りながら、話を続ける。 「え?それからって…まあ、飯食ったら一緒に片付けて…」 「…片付けも一緒に?」 「その分早く終わるし。」 「……」 「で、一緒にお茶飲みながら、その日にあった事を話したり…」 「お茶…」 「それから、まあ、それぞれシャワーしたり何かして…一緒にベッドに入って、リクエストがあれば子守唄を歌い合ったりして…寝る。と。こんな感じか?」 「……」  何か聞きたそうだったナッキーは、結局何も聞かないでいてくれた。  聞かれても…俺は困った顔をするしかなかった。  コミュニケーション…全然取ってないよな…俺。  結婚した頃は、確かに…もう少し話はしてたが…  ナッキーみたいに、帰ってすぐにキスをしたり…家の事を手伝うなんて… 「俺、夫失格だ。」  小さくつぶやくと。 「そっか?毎日ナオトが帰って来ると思ったら、俺が嫁ならそれだけで嬉しいね。」  ナッキーは笑いながら言った。 「俺はナッキーみたいに、スマートにキスとか歌ってやるとかできないんだよな…」 「なんだ。そういうの気にしてんのか?」 「…何となく…」 「でも、ナオトにはピアノがあるだろ?」 「…ピアノ?」 「俺がナオトなら、毎晩弾くね。」 「……」  その日は、帰って…キッチンにいた愛美の頭にキスをした。  一瞬、眉間にしわを寄せられたが…文句は言われなかった。  それから…片付けも手伝った。  そして… 「愛美。」 「…何。」 「これ、俺が最初の発表会で弾いた曲。」  そう言って…『子犬のワルツ』を弾いた。 「あ、これ知ってる。」 「連弾してみるか?」 「うん。」  最初は冷たい顔が多かった愛美も…それから数日経つと、笑顔が増えた。  愛美はピアノにも音楽にも興味がない。と、決めつけた…  自分の妻を、自分でつまらない女性にしてしまうなんて。  今からでも遅くないなら。  ちゃんと…愛美と向き合って。  …愛美の、俺の…二人の人生を、ちゃんと作って行きたい。
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