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渡米して一年が過ぎた頃…
「あれっ?るーちゃん?」
事務所の近くで、一緒に晩飯を食ったナッキーが。
小走りに、誰かに声をかけた。
「あ…こんにちは。」
「どうしたのー。ここ日本じゃないよね?」
「あはは…両親の遠征について来ちゃいました。」
「両親の遠…あっ、そうか!!」
ナッキーは遅れて行った俺を振り返って。
「マノンの彼女。」
目配せした。
「えっ、ほんと?」
マノンの彼女=天使の娘
俺は彼女の前に立つと。
「Deep Redでキーボード担当してるナオトです。君のお母さんの大ファンなんだ。」
そう言って、手を差し出した。
「…あっ…あ、ありがとう…ございます…」
引き攣った顔…ああ、そうか。
男に免疫がなくてー…とかナッキーが言ってたな。
…て言うか…
両親の遠征…?
しまった!!
俺とした事が!!
俺は事務所に戻ると、すぐさま天使のスケジュールを調べた。
なんてこったー!!
明日も明後日も、あるじゃないか!!リサイタルが!!
俺は事務所の力を駆使して。
その二日とものチケットを買った。
明日は予定があるが、たぶん体調が悪くなるはずだ。
思いがけず、天使に会える!!(観るだけだが)
マノンとナッキーは、自分達の力を信じて疑わなかったが。
たぶん、ゼブラとミツグは『ラッキー』と思っているはずだ。
俺は、いまだに今の状況を信用してないのか、いつでもオーケストラに入れる準備はしておこう。と、常にピアノの練習は怠らなかった。
俺には、渡米してからカレンという彼女ができた。
強気で、セクシーで、傲慢な女だが…
楽だ。
マノンは英雄ポロネーズを弾けるようになり、天使の娘を手に入れた。
正直、すごく羨ましかった。
英雄ポロネーズなら、俺だって弾けたのに。
そして…なにより、天使の娘なのに…。
まあ、そうは言っても…彼女に選ばれたのはマノンだ。
祝福するしかない。
少し、好きになりかけてたかな。と思いもしたが、何のやっかみもなくマノンを祝福できたあたり…
ただの好意で終わっていたのかもしれない。
それから二年。
気が付いたら25歳。
マノンとゼブラは所帯持ち。
ミツグも、このままいけばキャシーと結婚するだろう。
ナッキーに結婚願望がないのは、有名な話だった。
俺はそんなつもりはなかったが…もしかしたら、面倒だと思っている所もあったかもしれない。
天使のリサイタルに、自由に行けなくなるのはどうかな…と。
そんな時、昔親父たちが勝手に決めた、俺の許嫁が留学して来た。
浅井愛美。
ギタリスト、浅井晋の妹。
俺にとっては、親同士が飲みの席で決めた事。ぐらいにしか思っていなかったが…
本人はクソ真面目…いや、大真面目にそれを本気にしていたらしく。
俺に会うために、ハビナスに留学して来た。
と、ナッキーが言った。
なぜナッキーには、女心が分かるんだ。
一緒に暮らしてる、作詞家の藤堂周子さんの気持ちは分かっていないみたいなんだが…
「おまえは自分の気持ちに気付いてないだけなんだよ。」
そう、ビシッと指をさされて、言われた。
自分の気持ち?
…愛美ちゃんを好きだ…って?
いや、それはない。
可愛いとは思うけど…
今俺が好きなのは…
深呼吸して、目を閉じて…
最初に出てきた顔が、自分の本当の想い人らしい。
俺は、リラックスして深呼吸をし。
ゆっくりと…目を閉じた。
カレンか…天使か…
マノンの妻となった、不思議の国のアリスか…
それとも…愛美ちゃんか。
「……」
パッ
勢いよく、目を開けた。
「………んなこと、ないない。」
目を閉じて出て来たのは…
ナッキーだった。
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