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 愛美ちゃん、君が好きだ。  もう待てない。  俺の口から出たとは思えない言葉だ。  自分でも思い出すと寒気がする。  この時の俺は…何かに憑りつかれていたとしか思えない。  日本で…人の往来が激しい場所で、愛美ちゃんを抱きしめたり…  キスしたり…  信じられない。  俺が…  そんな情熱的な事をするなんて…  愛美は可愛い。  だけど、妬かれると面倒くさい。  ずっと年上と付き合ってきた俺に、7歳年下とのジェネレーションギャップは大きかった。  ましてや愛美は…  音楽をしない。  共通の話題と言えば、晋の事ぐらいだった。  ああ…何が悲しくて、自分より年下の義理の兄の話ばかりをしなきゃいけないんだ…  愛美は可愛い。  だけど、なんでプロポーズしたんだ?俺。  一年ぐらいは、熱病にうなされたかのように…愛情表現をした。  だが、すぐに無理がたたったと言うのか…  セックスができなくなった。  若い嫁さんもらって、毎晩大変だろう。  下ネタ好きのスタッフが、時々そう言って俺をからかったが…  その若い嫁さんは、俺の体調不良をバンドのせいにする。  それが俺には耐えられなくて…別居を切り出した。りもした。  そのたびに、愛美は泣いて嫌がった。  ああ…やっぱり結婚は失敗だった。  俺は好き勝手にセフレと楽しんで、売れなくなった時の事を考えてピアノの稽古もしながら、バンドをやっていればいいんだ。  でも。  もう、そんな夢も見れない。  俺は結婚したし、責任がある。  責任で一緒にいて欲しくない。なんて言われたりもしたが、じゃあどうしろと言うんだ。  彼女が望む事を…たぶん俺はしてあげられない。  価値観の違いなんて…誰にでもあるだろう?  そんな時は、天使のレコードを聴いた。  俺は優しくない。  一時の感情に任せて結婚してしまった。  若くて可愛い彼女の人生を、台無しにした。  これ以上泣かれても困る。  離婚した方がいいに決まってる。  誰にも相談できない愛美と、人に言うほどでもないと思っている俺。  みんなは運命の相手と結婚したのだろうか。 「愛してるの。別れたくない。何も文句言わないから…そばにいさせて…」  そう言って泣く愛美を不憫に思いながら。  一緒にいる事で愛美の気が済むなら…少しでも罪滅ぼしができるなら…  もはや結婚生活とは言えない状況で、俺達は一緒にいた。  ナッキーが周子さんとの同棲を二年で解消した。  何となく…あの二人はずっと一緒に居る気がしたから、意外だった。  今後の住処について、しばらく考えたい。  その考える間、居候させてくれないか?  ナッキーがそう言って来た時…  …同棲解消の影に、女がいるのか?  と、ふと思った。  ナッキーは決断が速い。  自分が住む場所となると、それは即日にでも決めてしまうはずだ。  だが…居候させてくれ?  どうした?ナッキー。  仲のいいバンドだが、それぞれ結婚しているせいか、仕事の後で飲みに行ったりする事は減った。  久しぶりにナッキーを飲みに誘うと…  やはり。  女の影が。  ナッキーは、それが直接周子さんと別れた原因ではない。と言った。  似た者同士だと思っていても、全部がそうじゃない事を…  自分に強い思いがあっても、お互い口に出さずにここまで来てしまった事。  ナッキーは真面目に、それらを語った。  …俺としては。  ナッキーには自由が似合うと思う。  自由だからこそ、バンドに神経を注げて、最高のパフォーマンスを生み出している。  そう思うからこそ…気になった。  ナッキーが『育ててる』と言い張る…入れ込んでいる、歌う女の子が。  ともあれ、ナッキーの居候は我が家にとっては好都合だった。  違う人間が生活に入るとストレスが溜まるとは聞くが、うちは反対に盛り上がった。  誰かが見てると思うと、俺は愛美に優しくできたし。  愛美もそれを喜んで、ナッキーにいつまでもうちに住んでくれ。などと言っていた。  俺は元々一人が好きで、たまに一人で飲みに出かけたりしていたが。  愛美は浮気を疑っていたようで。  まあ…疑われても仕方はないが、その頃の俺には、全くと言っていいほど女性という存在が疎ましく思えていた。  だから、浮気はない。  でも、本音は言えない。  愛美だって女だ。  全否定する事になる。  たがらこそ…  ナッキーと飲みに出かけられるのは、楽しみだった。  今思うとおかしな気分だが…  男友達と居るのが楽しくて仕方ない学生時代を、今になって過ごしているかのようだった。
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