同僚・橋崎 凛 (井上side)

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同僚・橋崎 凛 (井上side)

同僚の橋崎 凛は、正直俺のタイプでは無かった。 同僚や友人としては良い奴だ。 仕事の要領も良いし、付き合いも悪くない。 上司のウケもそこそこ。 特に他の連中より目立つ訳でもなく、だから取り立てて気が引かれる事もない。 見た目も普通だし、短く整えられた黒髪に大きくも小さくもない焦げ茶の瞳、ちょうど良い高さの鼻、薄い唇、くっきりした輪郭。 そこそこの整い方をした、薄い顔立ち。 本当に、普通の。 今迄だって特に意識した事も無かった。 数ヶ月前、通りがかった場所で橋崎が長身の男を蹴り飛ばして冷たい目で踏みつけているのを見る迄は。 「さっさと女の所にでも行け。俺はもう無関係だ。」 「やだ、やだやだやだやだやだやだ!お願いします、赦して。もうしない、もうしません!! 俺、凛くんがいないと…っ!!」 橋崎の足に、腰に必死でしがみつく男の顔はよく見ればそこら辺にはいない程の整った甘い顔立ち。さぞかし女が放っておかないだろうな、というような。 そんな男が、橋崎に縋り付いている。 一瞬、何だろうこの状況は、と思った。 男を見下ろす橋崎の表情は冷たく、目には嫌悪が滲んでいる。 縋られて男の腕に囲まれた腰が意外にも細い事に気づいた。 というか、あんなに無感情に容赦の無い蹴りをかますタイプなのか、橋崎。 それより何より、シレッとした顔して男と付き合ってたのか橋崎。 そして、そんな無感情に冷たい顔が出来るのか橋崎…。 意外性がすごすぎる。 「お前がどうしてもって言うから付き合ってやってんのに、良いご身分だよなァ。」 橋崎は呆れたように男を見下し、胸ポケットから出した煙草にライターで火を点けた。 「てめぇみたいな野郎に何時迄もかかずらわってんのマジで無駄でしかねえ。 てめぇと別れたら俺も久々に女と付き合うわ。いい加減俺も女抱きてえし。」 えっ、ゲイではないのか、橋崎。 女と付き合う宣言されてしまったイケメンはこの世の終わりとでも言うかのように、ふるふる首を振っている。 「やだ、凛くん、やだ、他の女とも男とも付き合っちゃやだ、やだやだやだやだやだやだ!」 「てめぇに言われる筋合いはねえ。」 泣き縋るイケメンにも一切容赦が無い。 というか、何なんだ橋崎。 お前達、どっちもゲイでは…ない、の? え、どういう事?バイ同士って事? それにしても何であんなに惚れ込まれてるんだ橋崎。 イケメンはどうしても橋崎と別れたくないらしく、土下座を始めた。 そして、橋崎に、の靴にキスをした。何度も。 そんなのリアルでやるやつがいるのかよ、とドン引きした。 されてる本人はどんな気分なんだろうと橋崎を見たら、特にリアクションは無く、冷め切った顔をしていたので、もしかして慣れっこなのかもしれない。 それから少しして、2人は一緒…いや、立ち去る橋崎の後をイケメンが追うようにしてその場を去っていった。 どういう関係性なんだかすごく気になる…。 力関係は圧倒的に橋崎がイニシアチブを握っているように見えなくもない、けど…。 いや、そんな単純な関係性でもないかもな。 先刻のイケメンの必死さを思い返す。 橋崎の冷たい瞳が脳裏を過ぎって、少しゾクッとした。 全く知らない顔を隠し持っていた橋崎。 俺はその日から、橋崎凛という同僚に好奇心と興味を持って観察するようになった。 そして、1ヶ月も経たない内に、俺はまんまと橋崎を好きになっていた。 何が、と言われても それを一言であらわすのは難しい。 けれど、橋崎がカラオケルームであのイケメンと別れたのを見たその翌日、俺は2年付き合っていた彼女と別れたという事だけは明記しておく。
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