井上の告白を断る。

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井上の告白を断る。

「別れたんだよな? なら俺と付き合ってくれ。」 篠井と別れた翌日の昼休み。会社の休憩室で同僚の井上にいきなりそんな事を言われ、危うくコーヒーを噴きそうになる。 いやお前。 「何で知ってる?」 会社に入ってからは女との付き合いしか無い。 まともに付き合った感じもしないが、少なくとも社内の男とどうこうなった事も無ければ、昨日迄 篠井と付き合っていた事を誰かに言った事も無い。 井上は 「前に見た事があったから知ってるだけ。」 と、ニッと笑った。 苦手なタイプだ。 同僚だから当たり障りなく付き合っているが、正直苦手だ。 井上は営業のエースである。 背も高くてがっしりした体、部活はずっと剣道だったと聞いた事がある。 言われてみればそういうイメージではある。 井上は精悍な顔立ちの涼しげな目元をした、なかなかのイケメンだ。 そして、当然ながら彼女もいた筈…。 「お前が昨日男と別れてたから俺も別れた。」 LIME見る? と、別れる遣り取りで彼女がブチ切れてるトーク履歴見せられても困惑だ。 「いや知らねえよ。 あー、まあ確かに俺はクソと別れたけど、だからって直ぐ次に行ける方でも無い。 お前が彼女と別れるのは勝手だけど…。」 何時から知ってたんだろ、此奴。 「まあ、そうだよな。悪かった。」 井上はスマホを仕舞った。 「確かに彼女と別れたのは俺自身の判断だ。 だから付き合えってのは違うよな。 言い方が卑怯だった。すまん。」 井上はあっさり俺の意図を汲んだ。 相変わらず頭の回る奴だ。 「単に証明したかっただけだ。 本気だって事を。」 「付き合ってくれって事をか?それとも俺に本気って事が?」 「両方だ。」 「何時から俺を好きだったのかは置いとくが、それにしちゃ、別れたのは今日なんだな。」 彼女を安全策としてキープしておく奴に本気だと言われても。 俺が井上を真っ直ぐ見ると、井上はバツの悪そうな顔をした。 「もっと早く別れるつもりだったんだけど、タイミングが合わなくて。」 「そうか。」 別にそれは好きにすりゃ良いが。 「男と付き合ってたから簡単だろうと思ったのかしらんが、俺はお前とは付き合えんわ。ごめん。」 一応二股せずに別れてから言ってきたのは評価するけど、なんの罪も無さそうなのに突然振られた彼女に同情する。 「何でお前らみたいな人種って、そんなに身勝手なんだろうなあ。」 フリーだぞっていう筋を通せばいいってもんでもねえぞ。 人としての筋通せ。 俺の為に彼女と別れてくれたの~、嬉しい~!なんて事になるとでも? 篠井の事があるからか、付き合う人間に不自由しなさそうなモテ男にやたら厳しくなってる自覚はあるが、それ以上にこの井上とは同僚以上にはなるなと、俺の本能も脳内で囁いている。 「お前に別に好きな奴が出来たら、俺もいきなりLIME一つで振られて、翌日には新しい恋人を連れたお前を見る羽目になるんだろうな。」 「いやそんな…」 井上は何かを言おうとしたが、 「そうだな、少し人との付き合いを簡単に考えすぎていた。すまん。」 と謝られる。 いや、俺に謝られてもな。 俺は告白を断ってるだけだし。 「お前の気持ちは嬉しいが、お前と付き合う事はねえわ。」 俺はキッパリ言って、話を終わらせたつもりで席を立った。 「俺、彼女に会って直で謝ってくるから。 だからもう少し、考えてみてくれないか?」 井上の声が背後から飛んでくる。 いや、だから の意味がわからねえ。 「謝るのは好きにしろよ。 けどそれと引き換えに対価を求めるのはちげえだろ。」 俺は振り返らずに井上に手を振った。 せっかく会社では円満な人間関係の為に、理屈ぽい話し方も毒舌も性格のキツさも封印してたっつーのに。 「台無しだぜ…。」 井上にも都合が悪いだろうからこの事が広まる事は無いだろうが、うんざりしている。 何で俺にくっついてくる連中はこんな奴ばっかりなんだろうなあ。 ホントに俺には恋愛運が無い。
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