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いちごミルク味の
『いちごミルク味の』
教室の後ろのハンガーラックにマフラーとコートをかけてると、幼なじみの和馬がやってきてこぶしをまっすぐに突き出してきた。
いぶかしがる私に手を出せという。
「……なに?」
「いいから」
しぶしぶ左手を広げると小ぶりの菓子包みを三つ押しつけられた。
いちごのイラストが小さく描かれてる。三つとも背景の色が違った。ピンク、水色、黄緑。そして、いちごミルクの文字。チョコ菓子だ。一目見ただけで心が躍った。
「もらっていいの?」
「この間のお礼。英訳の」
そっけなく言いながら和馬はハンガーを取って無造作にジャンパーをかける。
「和馬がお礼だなんて、赤い雪でも降ったり」
「うるさいな~。早くしまえよ」
「今食べたい! 半分こしよ?」
ピンクの包装を開けると甘酸っぱいイチゴのかおりがした。二つに割って片方を和馬に渡すとすぐ口に入れてしまう。
「じゃあな」と言って自分の席に着こうとするのを引き留める。
「今日十五日だけど」
「それがなんだよ」
「数学やってある? 和馬あたるかも」
「抜かりはない」得意そうにわらって鞄を開く。
なんだ。やってあるのか。と思いながらチョコ菓子をかじる。甘いイチゴの味が口に広がった。んー、しあわせ!
ごそごそと鞄の中を探っていた和馬の顔がどんよりとしてきた。
「もしかして?」
「ノート忘れた。机の上だ」
「写す?」
「いい。もう一回やる」
ちょっと意外な答えにビックリした。
「これおいしいな」と言って、私の食べかけのチョコ菓子を瞬く間に口にする。「ちょ、食べたいなら一個返すよ!」
「ん。これで十分。ごち」
ごち? それを言うのは私のほうでは?
「和馬っち。朝から間接なんちゃら見せつけないで~」
教室に入ってきた堤君が脱いだマフラーで和馬の肩を叩く。
間接って……
「別にそんなんじゃない」
そう言った和馬の顔を見て私の顔もほてり出す。
「うわ~、純情すぎでしょ。見てるこっちまで赤くなるって!」と、堤君はそそくさと自分の席に行ってしまった。
「そんなんじゃないからな」
「うん。そんなんじゃないよね」
意識してはだめだと思いながらも、さっきから漂っているのだ。
私と和馬から、いちごミルクの香りが。
もうどうしようもなかった。
胸の高鳴りを抑えるすべを私たちは知らない。
放課後どちらからともなく手をつないで、初めてキスをした。
<fin>
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