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そういえばあのふたりを巻き込んでしまわなかっただろうか。先に“隠者”に警告を頼んでおけばよかった。怪我でもさせていたら結局台無しだ。どうしよう。
自分の浅薄さに今さら震えながら周りを見回すと、少し距離を取ったところで身構えているふたりがいた。幸い大きな怪我はなさそうだ。
「あ、あの。すみません、智会市役所特務課からの使いなのですけれど」
恐る恐る声をかけると、ふたりも私が敵ではなさそうだと判断してくれたらしく、警戒しながらではあるけれども近付いてきてくれた。
私からも近付いて会釈し、愛想笑いでお坊さんに円錐状のケースを差し出す。
「えっと、暁海和尚さん、ですよね? 課長からのお届け物です」
「あ、ええ……どうも、遠路はるばるご苦労様です」
受け取る彼の顔が引きつり気味だったのは仕方のないところだろうか。
翌日。安全なところまで暁海和尚さんのバイクで送って貰った私はそこから新幹線で帰路に着いた。
『はろはろ“隠者”だよー。昨日はお疲れ様! いやあキミが烏鬼に追われたときはどうなるかと思ったよー』
指定席に身を沈めてのんびりスマートフォンで音楽を聴いていた私のイヤホンに“隠者”が割り込んできた。
「そんなこと言って本当ですか? 私が対処策を持ってなかったらどうするつもりでした?」
一方的に電波ジャックして話しかけてこられるのはあまりいい気分ではないが、少なくともこの件では共に作戦を遂行した仲間でもあるしあまり邪険にするものでもないだろうと我慢する。
『どうにもなんにも? キミが実力不足でリタイヤするのはボクの責任じゃないからねー。契約通り貰うもの貰ってさよならさ!』
「……まあ、薄情者」
トーンを下げてぼそりと呟いた言葉に彼はケラケラと笑った。
『あっはー、冗談だよ! そのときはカーブで高速道路の外壁かなにかをキミに破壊させて同じようにするつもりだったさ! 超高速移動系はみんな進路上になにかばら撒かれるのが弱点だからねえ』
「私には効きませんけれどもね」
実際“烈風疾走”の生じる防御障壁はかなり堅牢だ。実は“走っている速度に準じて強度があがる”仕様なので今回ほど強靭な障壁は滅多に張れないのだけれども、これは黙っておく。彼と直接ではなくとも、彼の仲間とはいずれ敵対するだろうから。
『まあそれがわかっただけでも今回の仕事は受けた甲斐があったね! キミが本気で長距離走る機会なんて滅多にないもんねー』
「たしかに、これだけ走ったのは速度も距離も初めてですね」
『でしょでしょ。モロ人型って感じの怪異にも会わずに済んでラッキーだったし、お互い良い経験になったんじゃないかな!』
「それは……そうですね」
髑髏武者は見た目も大きさもひとと呼ぶにはだいぶ異質だったし、烏鬼も手足こそあったものの、いかにもな怪異だった。懸念には及ばなかったというわけだ。
『というわけでまた払いの良い仕事があったら宜しくぅ! それじゃ! チャオ!!』
軽快な挨拶と共に、かなり一方的に“隠者”との通信が途切れた。イヤホンからは再び音楽が流れ始める。気付けば途中停車していた車両がまた走り出すところだった。
行きのような緊張感もなく、ゆったりと窓の外の景色が流れ始め、穏やかな空気に微睡んでいく。
ちょっと大変だったけれども……ああ、こんな仕事なら、また受けても……いいかな。
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