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“隠者”は私の悲鳴じみた抗議にケラケラと笑い声をあげる。
『だーい丈夫だって! 失敗したら街を放棄して撤退する計画になってるらしいし!』
「なにも大丈夫じゃないんですけど……減速して拾うわけには……?」
『残念だけど現場は結構切迫してるんだってさ! っていうか元々キミがこのミッションを受けなかったらそうなる予定だったんだよね。だから気楽にいこ!』
「胃が痛くなりそうなのですが……」
『あははは! お大事にどうぞ! それより右の分岐入ってから左へカーブだよ!』
「わ、わかっていますっ!」
高速道路というのはややこしい。何故右に分岐した道が左へ曲がるのか。考えたひとは出てきて説明して欲しい。
『それじゃカウント入れるよー!』
絡み合うスライダーのように左下へ向かうカーブを駆け抜け直線へ合流する直前。
「え、もう!?」
『もうだよー! はいさーん、にー、いーち、右側だよ!』
同時に背後からゆっくりと私に並んだものは長さ1m少々の円錐状のケースだった。向こうのほうが少し速いがすぐそばを平行に飛んでいる。完全なタイミングだ。
『ケースは失速してるからすぐ取って! 飛翔中に排熱してるから触れるはずだよ!』
それ予定通り排熱できてなかったら私は火傷するってことよね? そんな情報は欲しくなかったなと思いながら覚悟を決めて手を伸ばす。ケースはまだ熱かったものの幸い火傷を負うほどではなかった。ほっと息を吐きながら左腕で脇に抱える。
『お疲れ様! もうミッションは七割達成したようなものさ!』
「七割。距離にすればまだ四割ほど残っていますけれど」
私の答えに“隠者”はくすくすと笑いをこぼす。
『そーじゃないんだなー。キミは西に行ったことはあるかい?』
「境界線の手前までなら……」
西方、中国地方一帯は十六年前に出現した出魔大鬼門の超能力“八百万還鬼夜行”によって怪異の跋扈する魔境と化している。人口の少ない地域はほとんど放棄され、人々は市街地で肩を寄せ合い、あるいは脱出して東海、関東方面への移住を余儀なくされている。
と、話には聞いているが東で生まれた私が学生の身でそんな危険地域へわざわざ赴く理由はなかった。
『ただ走るだけならもうミッションは九割九分終わったようなものさ! でも境界線を越えるとちょこちょこ怪異の襲撃を受けるんだよねー。キミがそれをどう捌くかで残り三割の成功率が変わるかな!』
「戦闘行為があると……」
『そだねー! 人間相手じゃないから全力でブッ殺しちゃって大丈夫だけど』
そこで一旦区切って、すっと彼の声のトーンが落ちる。
『キミにでっきるかなー?』
いたいけな少年のような声のままでありながら、そこに含まれるものは揶揄するようないやらしさだった。
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