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「そんなことは……」
言いかけて止める。
確かに、完全な異形であればまだしも例えば鬼のような、ひとのカタチを踏襲した怪異ならかなり抵抗があるかもしれない。
そしてそれ以上に、ひとのカタチをした動くモノを破壊することが不安だった。
それに抵抗を覚えなくなってしまったら、私はいつか同じような感覚でひとを殺してしまうのでは?
『あっはー! まーそんな深刻に考えなくてもいいと思うよ!』
私の心中を察したのか“隠者”がテンションを戻した。
『現れる怪異は基本的に大鬼門の能力で作られた人形なんだって。エネルギーが詰まった風船みたいなものだって話さ!』
「はあ……まあ、出くわさないように祈りましょう」
『それもそうだねー。っと、そろそろ境界線だ。巻き込み事故に気を付けて!』
ディスプレイに遠方の映像が表示された。
本来厳重に封鎖されている境界線前の検問は私の為に開け放たれ、機材やひとは既にシールドを構えて衝撃に備えている。
「検問設置場所を越えたら速度をあげますのでよろしくお願いします」
言葉にしているあいだにも、文字通り風を切り裂きアスファルトを破砕しながら検問をすり抜けた。
ここから先は無法、では一応ないけれども怪異蔓延る危険地帯。空気にねっとりと未知の重みを感じる。
しかし、私が知る空気の重みはこんな程度じゃない。
不安を振り切るように足に力を籠める。
粘りつく空気が水のようにずしりと抵抗する一瞬を経て、私はそれを突き破って音の向こう側へ到達した。
常時ソニックブームを生じる私は最早アスファルトだけでなく近くに設置された照明や騒音障壁でも脆弱な部分があれば容赦なく破壊し、飽き足らずさらに加速していく。
いっそ清々しいくらいの気持ちで大気の壁を破壊し進む私に“隠者”が警告する。
『おっと、さっそくお出ましだね。識別名:烏鬼を確認! 定番通り三体だよー』
「定番?」
『そそ、なんでかわからないけど烏鬼は三体一組で行動してるのが一般的なんだってさ! 上空百メートルの高度でキミと並走してるよー。凄いね、あっちも音速越えてる!』
視線を向ける余裕がないなと思っているとディスプレイ上に映像が表示された。烏に無理矢理ひとの手足を生やしたような不格好な生き物が高速で飛翔している。
「襲って来ませんね」
『今までのデータだと速度を活かして上空からの白兵攻撃がメインらしいんだけど、キミが速過ぎて手を出しあぐねてるみたいだね……っと、でもただ手をこまねいてるだけじゃなさそうだよ! 前方進路上に餓鬼狗の群れを確認! これは追い込み猟だったかなー? 接触まで十秒!』
餓鬼狗の情報がディスプレイの別窓に表示される。平均体長一メートルから過去最大で二メートル半ほどの四足の獣。十~三十程度の群れで活動する。ただの人間であれば命に係わる脅威との遭遇だ。
しかし、私は疑問を素直に口にした。
「ところでその餓鬼狗という怪異は、マッハ2で防護障壁を纏って突撃してくる超能力者を捉えて貫くような攻撃ができるのですか?」
『あー』
私の視界が赤く染まり、それも瞬時に風に流されて消え去る。防護障壁に接触した餓鬼狗が文字通り粉々に霧散したその残滓だった。
『……無理だったね! 言うまでもないけど!』
しかしディスプレイには未だ烏鬼が映っている。私の追跡を諦めていないようだ。
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