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『あ。これは……』
「どうしました?」
『うーん良くないかも。真後ろに並ばれたね……』
確かに並走するように飛んでいた烏鬼の姿は見えないが、真後ろにいたとは。ということはつまり……。
『スリップストリーム! これ後ろに防護障壁が無いってことにも気が付いてそうだね、意外と知能高いじゃん!』
「感心してるところすみませんけど私はかなりピンチなのではないでしょうか」
『えーっと、そうだね! めちゃくちゃピンチだね! どうしよっか!?』
状況を楽しんでいるとしか思えない“隠者”の声に小さく溜息を吐いて、私は荷を抱えている左手の腕甲の隙間から直径一センチほどの鉄球をじゃらじゃらと取り出して右手に握る。
能力の性質として同等かそれ以上の速度で背後を取られた場合なにも対処できないという弱点をカバーするために、あくまで念のため仕込まれていた小道具だったけれども。
「まさかこれを使う日がくるとは思いませんでしたが」
呟きながら鉄球をまとめて真後ろへ捨てた。マッハ2を超える速度で私の背後に迫っていた先頭の烏鬼は当然それを躱せるはずもなく鉄球の弾幕に飛び込んで蜂の巣になる。そして二体目三体目は残った鉄球と先頭でもんどりうった烏鬼に突っ込むことになった。
超音速の玉突き事故だ。
『ひゅう! えっぐーい!』
「女子のおしりを付け回すような無作法をするからです」
『なるほどねー、ボク気をつけなきゃ!』
「そんなこと言って、あなたはハッキングが専門でしょう?」
『ま、そうなんだけど! っと、あと四十秒程度で現着だけどここでルート選択して貰おうかな!』
ディスプレイに現場付近と思われる映像が表示される。
オフィス街近い広い通りの真ん中で人間の何倍も巨大な髑髏の鎧武者が戦っている。
現場にはふたり。巨大な刀を振り回すスーツ姿の女性と錫杖を携えたお坊さんだ。結構苦戦してるようにも見える。
『あそこで戦ってる暁海和尚に荷物を渡せばミッション終了だよ! ちなみにあの髑髏武者は本命じゃなくってただの障害物ね!』
「ずいぶんと苦戦されているみたいですけれども。それで選択というのは?」
『一、インターチェンジを降りて現場まで市街地を走る。特にメリットは無いかな! 強いて言えば良識が傷まないくらい? 二、防音障壁をぶち破って飛ぶ。公共物を意図的に破壊することになるけどそのスピードならちゃんと踏み切れば現場までぶっ飛んでいけるからすっごい速いよ!』
「どうしてそれに選択が必要なんですか?」
ほぼ一択だと思うのだけれども。
『だってボクが公共物を壊せってナビすると後々問題があるかもしれないじゃん?』
つまり責任の所在がどこか、という話らしい。
「なるほど確かに。では飛びましょう」
即断だった。彼も私の言葉を予測していたのだろう、嬉々として応じる。
『おっけー! 十七秒後のカーブを無視して飛び出して! そこから三秒で現地だよ! それじゃカウントスタート!』
ディスプレイにカウントダウンと飛び出す場所の映像、そこから現場までの方向と距離を表示する窓が新たに開いた。
カウント1の表示より僅かに前、大きく足を延ばす。高架の外壁に足をかけると同時に高速道路の防音障壁を突き飛ばし、そのまま踏み切った勢いと慣性でほぼ真っ直ぐ目標地点へ飛翔した。
『あ、これ髑髏武』
「蹴りますっ!」
“隠者”の言葉は間に合わない。
ディスプレイの表示から私は髑髏武者の位置に当たりをつけ“隠者”の想定した速度よりさらに加速していた。
秒速七百メートルを超える速度で二キロ先へのドロップキックを敢行した私は、纏った防護障壁とソニックブームすらも武器に変えて髑髏武者を蹴り飛ばす。
衝突に大気が激震し髑髏武者は吹き飛んだ先で半身埋もれるほどもビルに突き刺さって赤く霧散した。
静寂。一瞬の出来事だった。
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