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「こんなに沢山……悪いよ、アカメ」
「沢に行けばいくらでも獲れる、塩漬けにして春までに喰え」
アカメはそう言って、足元の盥に運んできた川魚をドサドサとあけた。
「アカメだって冬を越すのに、食物がいるんだろう」
うたはうろたえてアカメを見上げた。
金色の尖った髪が、夏の間に精悍さを増した端正な顔まわりを縁取り、その合間から見下ろしてくる緋色の双眸はうたと目が合うと慌てたように逸らされた。
「いいんだ、俺は。雪がくるまでにたっぷり喰うし、森には鳥もウサギもたくさんいるんだから」
茸が群生する倒木も、蜜をたくわえた蜂の巣のありかもアカメは知っていた。
そんなことより、自分のように厚い被毛も獲物の動きを察知するヒゲも牙も持たないやせっぽちのうたが、どうやって瀑布も凍る厳しい冬を毎年越しているのか、アカメはその方がよっぽど心配だった。
「なにもお礼するものがないけど」
「いつもの歌をうたってくれよ」
アカメは尖った三角耳をパタパタさせてねだった。
アカメはうたの唄が大好きなのだ。
うたは獣の姿に戻ったアカメの、金色に輝くたてがみを撫でながらアカメの好きな子守唄をくちずさんだ。
ため息のように囁くように歌ううたの声は、派手さや華やかさはないが、心の隅々にまで沁み込んで、いつまでも温めてくれるような優しさがあった。
アカメはうたの膝に顎を乗せて、いつのまにかウトウトとまどろんだ。
うたと出会った春の夢を見ていた。
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