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前を歩く少年を、何人もの人がすり抜けていく。だが、鹿たちは見えているかのように、彼を避けている。奈良の鹿が神の使いだと言われているのは、どうやら本当だったようだ。現に少年は鹿に乗って自分の前にやってきた。もしかしたら、奈良公園の鹿たちの上には少年のような幽霊がたくさん乗っていて、誰かを探しているのかもしれない。そんなことをふと考えたが、すぐに打ち消した。彼は衣鶴と自分を別れさせるために、ここへ来たのだ。最初から生まれてこなかったことにし、母親を悲しませないために。
栄次は少年の元へ駆け寄り、
「なあ、本当にそれでいいの?」
「なにが?」
「最初から生まれてこなかったことになるっていうのは、完全にお母さんの記憶から消えちゃうってことなんだぞ」
「だって、そうしなきゃ、お母さんが可哀そうだよ」
「忘れさせるほうがずっと可哀そうだと思うよ。死んだ人は、残された人の心の中で生き続けていくんだから」
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