1人が本棚に入れています
本棚に追加
小説やドラマなどで何度も使い古された陳腐な台詞を、まさか現実世界で自分が言うなんて想像もしていなかった。だが、事実なのだから仕方がない。それに、どんな理由があろうとも、少年がやろうとしていることは自殺だ。なんとしてでも阻止しなくてはならない。なにせ、自分の息子なのだから。
「生まれてこなきゃよかった」
少年が蚊の鳴くような声で呟いた。行き交う人々が彼の身体を次々とすり抜けていく。
「そういうこと、言っちゃだめだ」
「じゃあ、お父さんは生まれてきて良かったって思ってるの?」
「思ってるよ。お母さんとも出会えたし」
あまり口を開かずに言えた。まるでずっと前から唇の上にのっていたようだった。
「お母さんと別れたくないの?」
少年がすがるような視線を向けてくる。一瞬、言葉に詰まったが、何とか声を振り絞り、
「ああ」
「お母さん、すっごい悲しむんだよ」
「なんとかする」
力強く言い切るつもりだったのに、声が震えてしまった。
「無理だよ」
少年は栄次と視線を合わせずに言った。
「なんで? 九歳のいつだよ。日にちさえ言ってくれれば……」
「無理だって」
「なんで?」
最初のコメントを投稿しよう!