300から66への手紙

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「病気だもん。僕、癌で死んじゃうんだ。肺癌で」  栄次は思わず頭を抱えた。肺癌は高校生のころに死んだ父親の死因だ。毎日のようにタバコを吸い、酒を飲んでいた父らしい最期だった。日に日にやせ衰え、尋常ではない咳をし、苦しむ姿を見て、絶対にタバコを吸わない、と心に決め、成人してから五年経った今もそれを守り続けている。なのに、息子が肺癌になるなんて。あまりにも残酷すぎるのではないか。この世に神も仏もあったものではない。栄次はその場で立ち止まった。少年が小さな声で、 「ごめんなさい」  謝らないでくれ。やめてくれ。足の力が抜けていく。そんな目で見ないでくれ。身体が震えだす。周りの音がどんどん遠くなり、目もとじていないのに、辺りが暗くなっていった。 「ごめんなさい」 少年が泣きはじめた。  花が咲き乱れ、上下左右に雀が四羽ずつとまっている。その奥には海を固めて砕いたような破片がちりばめられ、静かな奥行きをだしていた。雀がいることを考えなければ、深海みたいだな、と栄次は思った。 「すごいね、これ。宇宙みたい」
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