1人が本棚に入れています
本棚に追加
衣鶴の声を背中で聞き、栄次はトイレに向かうとすぐに個室に入り、便意はないのでズボンを下ろさず便器のフタをおろし、そこに腰掛けた。息をするように、舌打ちが出る。貧乏ゆすりが止まらない。目を閉じ、開け、頭を抱えた。
逃げ出したい。このまま黙ってここを出ていき、携帯のアドレスも代え、衣鶴との連絡を断ち切る。そうすれば、楽になれるかもしれない。心に濁った炎が灯った。
そんなことしてもどうにもならない。無意味だ。頭の中ではわかっていても、炎はどんどん大きくなっていった。栄次は無意識のうちに携帯を取り出し、液晶を見つめた。いざとなるとなかなか決心がつかない。親指を画面の上でなんども滑らせているうちに、栄次は悪あがきでしかないかもしれないが、息子の命を奪った肺癌について調べてみようと思った。もし効果的な治療法や発生しないためにするべきことがあれば、今のうちに知っておこう。そうすれば、もしかしたら未来を変えられるかもしれない。栄次は祈る思いで、検索サイトに『肺癌 子ども』と打ち込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!