1人が本棚に入れています
本棚に追加
もしかしたら、なんとかなるかもしれない。栄次はそっと、少年の肩を叩き、指と口の動きだけで、外に出るように伝えた。少年は、小さく頷いた。
「ごめん、もう一回トイレ」
「ええ、またぁ」
衣鶴の呆れた声を苦笑いでごまかし、栄次は少年とともに、会場を後にした。
「なに?」
少年は吐き捨てるように言った。栄次は口を開き、言葉を発しようとしたが、すぐに出てこなかった。
「ねえ、なんなの?」
尖った声が、胸に刺さる。栄次は深呼吸のようなため息をつき、
「孝之」
言葉が空気に溶けるように消えた。少年の顔色が変わる。やっぱり、思った通りだった。栄次はさらに続ける。
「癌で死んだって話もウソだろ? 子どもの肺癌って、ほとんどないんだぞ。じいちゃんが死んだ原因を、未来の俺から聞いたんだろ?」
「なんでわかったの?」
孝之はウソをついていたことを素直に認めた。
「癌については調べた。名前は、奈良公園で子どもに怒ってたお母さんいただろ? あれ、声に驚いたんじゃなくて、名前を呼ばれたと思ったんじゃないかなって思って」
最初のコメントを投稿しよう!