300から66への手紙

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 栄次はカバンから第六十六回正倉院展が開催される奈良国立博物館までの地図を取り出した。ここから歩いても五分とかからない。あいつが付くまで、まだまだ時間がある。携帯を取り出し、着信履歴を開いた。一番上に、内衣鶴(うちいづる)、とある。 「聖徳太子が小野妹子に持たせて隋の皇帝に渡した手紙あるじゃないですか? 日出処の天子書を没する処の天子に致すつつがなきや、って。あそこからとって、いづる、っていうんです。漢字にしたのは画数が良かっただって、父親が言ってました」  初めて会ったのは四年前の大学のゼミの自己紹介の時だった。彼女はそう言って笑うと、だからなのか歴史にすごく興味があって、一人で寺巡りとかしたりするんです、と続けた。  だったら遅刻するなよな、と内心呟き、苦笑する。衣鶴の遅刻癖は今に始まったことではない。自己紹介をした時だって、授業開始時刻から二十分も過ぎていた。  コーヒーを一口すすり、時刻を確認する。まだ一時間以上ある。さて、これからどうするか。衣鶴と出会いから交際に至るまでのことを思い返して時間でも潰そうか、とふと思い、なんの恋愛小説の主人公だよ、と自分自身にツッコんだ。
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