300から66への手紙

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 目の前を鹿が通り過ぎる。この公園ではなにもおかしいことはない。日常的な光景だ。だが、それは、その背中に少年が乗っていなければの話だ。 「えっ!」  思わず声が出てしまった。 「あっ、いた」  少年は栄次に目をやると、嬉しそうに言った。思わず、また「えっ!」と声に出してしまう。すぐ近くにいた老夫婦が怪訝な目で見てきた。栄次は「あっ、あの」と声をかけたが、無視された。老夫婦は鹿に乗った少年が明らかに視界に映っているにもかかわらず、なんの反応もせずに先へ行ってしまった。  老夫婦だけではない、周りに数十人の観光客がいるが皆、少年が見えていない様子だった。だが、自分には見えている。これがなにを意味するのか、栄次はすぐに理解した。 「そんなにビビらなくてもいいじゃん。別になにもしないよ。ほら」
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