300から66への手紙

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 確かに、写真に写る自分の姿はややふっくらとしていた。髪型も茶髪ではなく、黒髪の七三分けだ。しかし、これはどう考えても自分だ。他人のそら似などありえない。衣鶴も同じだ。髪型と化粧こそ違えど、間違いなく本人だ。 「ねえ、お母さんはどこにいるの? 今日プロポーズするんでしょ?」 「なんでそんなこと知ってるんだ?」  思わず大声が出てしまった。周りの観光客たちが怪訝そうに見つめてくる。無駄だとわかりつつ、栄次は咳払いをし、ごまかした。 「お母さんがずっと言ってたんだ。二〇一四年の十一月七日に行った正倉院展の帰りにプロポーズされたって」  ポケットに入れてある指輪を思わず握りしめていた。あまりの驚きに言葉を失っている栄次に対し、少年は、 「でも、お母さんと結婚しないで、お願い」  まっすぐに見つめてくる少し垂れ気味の目は衣鶴にそっくりで、少し丸っこい鼻は、自分のものとよく似ていた。不思議ともう恐怖は感じなかった。だが、未だ状況が上手く飲み込めず混乱していて、気持ちを少しでも落ち着かせようと、コーヒーを飲もうとしているのに、身体が麻痺したように動かなかった。
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