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「お父さん、お母さんのこと好き?」
少年が涙声で訊ねてきた。栄次は反射的に小さく頷いた。なにか言わなくては、と頭の中では思っているのに、喉の一歩手前で言葉は霧のように消えていってしまう。そんな言葉たちが腹の底に落ちていき、積乱雲のように広がっていった。
「ごめんなさい。でも、別れて。お母さんが、お母さんが……」
少年はついに泣き出した。栄次の心の中で雨が降り始める。
身体が内側から冷えていく。全身がゆっくりと凍りついていくような気分だった。なのに、太陽は十一月とは思えないくらい、暖かな日差しを地上に振りまき、辺りを明るく照らしていた。
栄次は少年が泣き止むのを待ち、落ち着きを取り戻したところで、とりあえず、そのへんを少し散歩しようと提案した。少年が「お母さんはどこなの?」と訊ねてきたので「遅刻していて、まだ来ていない。あと一時間くらいしたら来るよ」と伝えると「わかった」と頷いた。
しばらく一緒に歩いたところで、栄次はまだ少年の名前を知らないことを思いだし、
「そう言えばさ、なんて名前なの?」栄次は訊ねた。
「わかんない」
「わかんないって、なんで?」
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