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「…で、この毛糸と糊ってのはいつ使うんだ?」
「あした」
「そんなこと、前から言ってた?」
「うん。学年便りに書いてた」
「まじかー。ちょっと待っとけ、今ならぎり100均開いてるから、行ってくる」
啓太は意外と手のかからない子供だった。男の子の割にインドア派で、学校から帰ると大体テレビの前の万年コタツで本を読んでいる。余りに静かなので、たまにその存在を忘れそうになってしまう。母親が留守がちだったからなのか、着替えや歯磨きなども一通り自分でこなす。今まで顔も見たことのなかった父親と二人で突然取り残されても、動揺した様子さえ見せなかった。親の出来が悪いと、子供の出来は良くなるらしい。
お前、苦労したんだなと頭の一つも撫でてやりたい気持ちになるが、数ヶ月たってもまだ俺と啓太の間にはしっかりと距離が存在した。人に懐かない猫と暮らしている、そんな感覚だ。
そんな中、学校関連の物事だけは、啓太も大人である俺に頼らざるを得ない。必然的に、会話の中心は学校のことになる。あれがいる、これがいる。学校というのは、なんで日常生活で使わないようなものを常に要求するのだろうか。毛糸、とか、プラスチックのカップ、とか。学芸会で着る全身緑色の上下とか。あるところにはあるのだろうが、ないところにはない。しかも、毎週配られる大量のお便りに目を通さないと、直前になって恐怖の「明日いる」が待っている。結果、俺は月に数回の頻度で近所のスーパーや100均を走り回ることになった。まあ、子供と暮らすことの最大の苦痛がその程度なら別にいいけど。
子育てとは走り回ることである。そんなことをぼやきたくなるほど立派に子育てをしているつもりもないが、世の中の親ってのは大変だな、と思える程度には俺の知識もついてきた。
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