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自分の遺伝子を引き継ぐ生き物がいる。それは不思議な感覚だった。「あなたの子供」といきなり言われて一瞬詐欺を疑ったが、そんな疑念を吹き飛ばすほどに、啓太は俺に似ていた。目の形、耳の大きさ、頭の丸み。特に、すやすやと眠っている時の無防備な表情は鏡の中の自分を見ているような錯覚に陥る。今まで自分のためにやってきたあれこれ、例えば飯作りだとか、部屋の掃除だとか、を自分以外の誰かのために行うことは重荷であると同時に、不思議な満足感を俺に与えた。
「うまいか?」
「うん」
「お前、飯は何が好きなの?」
「なんでもすき」
「なんでもって。なんか特別なもんあるだろ。ハンバーグ、とかオムレツ、とかさ」
「ん-」
「例えばお前の誕生日とかさ、何食ってたわけ?」
「んー。野菜炒めとか、ラーメンとか?お母さんが仕事忙しかったから、余り手のかかるものは作れなかったんだ。でも、美味しかった」
「なるほどな。お母さんも頑張ってたんだな。じゃあさ、もし、時間がたらふくあるとしたら、何が食いたい?」
「んー、とね。…っけ」
「?」
「ころっけ。。かな」
コロッケ、と小さな声で言った時だけ、啓太の耳が少し赤くなった。もじもじと、手に持った箸の先で味噌汁をくるくるとかき回している。自己主張し慣れていないと、こんな些細なことを言い出すのに勇気がいるのか、と思うと、俺の目頭が熱くなる。
「コロッケな。うまいよな。よっしゃ今度お…俺が作ってやるよコロッケ。とびきりうまいやつな」
この期に及んで、自分のことをお父さん、と言えない自分が恨めしい。今が絶好のタイミングだったろうがよ、と脳内の自分に飛び蹴りを喰らわした。啓太はこくり、と頷いた。心なしか、その目がいつもよりきらきらと輝いている気がした。
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