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精肉工房
「ああ、なんだ?」
くしゃっ、ビニール袋でも踏み潰してしまっただろうか。そんな音。でも明らかに瑞々しくて、靴の裏を確かめるのはやめた。どうせショートケーキを捏ねくり回したような……赤とか白とかカラフルな残骸が散らばってるんだ。
おれは今日も今日とてこの工房で黙々と死体を捌いている。作業につきあってくれるのは、掠れた声で喚く古ぼけたラジオくらいだ。
どこからこの食材を仕入れているのか、いったい誰が人間なんて食べようというのか。おれの知ったことではないが、その様ときたら最高に馬鹿げてるだろう。人が人を喰う。おいしいだろ。なにせおれが捌いたんだからな。
新鮮で、衛生的。なんてすばらしいこと!
真っ白な皿の上。フォークとナイフで丁寧に切り分ける。おいしい!誰の肉?なんて考えてるんだ。きっと。
狂ってる。
口許がゆるんで、笑いのかわりにふっと息を吐いた。
赤身を削いで保存用に小分けにして、脂で濁った包丁を流しに放り込む。今日は何人やったっけ。ちくしょう、ずいぶんと汚してしまった。
それでも部屋は、無駄にでかい窓のおかげで日の光でたっぷりと充たされていたし、キッチンの所々は木を使ってお洒落に仕立てあげられていたから陰鬱ではなかった。
むしろ、鼻歌でも歌って楽しく料理をしたいくらいだ。流石にそれは叶わないけど。
調理台の上をきっちり片付けてから、工房の隅に丸めたホースを延ばし水を撒く。作業着についた汚れを落とし、カラフルな残骸が排水口に吸い込まれていくのを見届けた。
灰色の無愛想なドアの向こうから、掠れた大声が響く。
「仕出しだ」
と独り言。
店主のソーセージみたいに太い指に促されるまま、赤身の肉が乗ったパックを両手に足を早めた。
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