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食事
「ねぇ、聞いてるの?」
わたしのはなし……と唇が動くさまをおれは視界の端に捉えた。
ナイフとフォークがカチャカチャと調子よく鳴る。赤っぽいソースが、白い皿の上で引き摺られた跡を残している。
「それさ、なんの肉かな」
「知らない、そんなの」
と一度突き放してからひとくち含み、
「ああ……牛かな」
と吟味する。案外まじめ。ふつうなら、そんなことどうでもいいでしょと嫌がられるのだ。それと、もっと食事を楽しんだら?とも。
おれはメニュー表に指を滑らせて、彼女を見た。
「正解。よかったね」
「そう?じゃあ、うれしい」
すうっと目が細められ、綺麗な曲線を描く。
「君もなにか食べれば?」
「肉は飽きた」
「あんな仕事してるから?」
「ちがう」
知ってるから、みんな。そう言おうとした口に彼女の唇が重なった。熱い血の味が口のなかに広がる。割り込んでくる舌の感覚に、彼女を引き離した。
「はあっ……」
笑いのため息ではない。
彼女はしてやったりという笑顔だ。
「知らない味、あったでしょ?」
「……」
口元をぬぐう。
「もっと食事を楽しみなよ、君」
「わかったから……」
白い皿の上の赤いソース、赤い唇、赤い舌、人の色。
そして口のなかに残る血の味。
「まだ食べるよね」
なによりも彼女の、きゅっと細められた目。
自分の頬がぎこちなく歪むのを自覚する。だらだらと続くいびつな関係。繋がれた手は錆びついて離れない。
「愛してるよ」
言の葉をこぼした。
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