食事

1/1
前へ
/5ページ
次へ

食事

「ねぇ、聞いてるの?」 わたしのはなし……と唇が動くさまをおれは視界の端に捉えた。 ナイフとフォークがカチャカチャと調子よく鳴る。赤っぽいソースが、白い皿の上で引き摺られた跡を残している。 「それさ、なんの肉かな」 「知らない、そんなの」 と一度突き放してからひとくち含み、 「ああ……牛かな」 と吟味する。案外まじめ。ふつうなら、そんなことどうでもいいでしょと嫌がられるのだ。それと、もっと食事を楽しんだら?とも。 おれはメニュー表に指を滑らせて、彼女を見た。 「正解。よかったね」 「そう?じゃあ、うれしい」 すうっと目が細められ、綺麗な曲線を描く。 「君もなにか食べれば?」 「肉は飽きた」 「あんな仕事してるから?」 「ちがう」 知ってるから、みんな。そう言おうとした口に彼女の唇が重なった。熱い血の味が口のなかに広がる。割り込んでくる舌の感覚に、彼女を引き離した。 「はあっ……」 笑いのため息ではない。 彼女はしてやったりという笑顔だ。 「知らない味、あったでしょ?」 「……」 口元をぬぐう。 「もっと食事を楽しみなよ、君」 「わかったから……」 白い皿の上の赤いソース、赤い唇、赤い舌、人の色。 そして口のなかに残る血の味。 「まだ食べるよね」 なによりも彼女の、きゅっと細められた目。 自分の頬がぎこちなく歪むのを自覚する。だらだらと続くいびつな関係。繋がれた手は錆びついて離れない。 「愛してるよ」 言の葉をこぼした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加