食傷気味

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食傷気味

錆びついた手は今宵も離しがたく、食事が終わると彼女を自宅まで送り、上がっていいよという言葉に甘えた。 「壊したいな」 と彼女は呟いた。 ベッドの上。上がってすぐ、押し倒されてそのままだ。 「君を」 その言葉が彼女にとってのと同義だとおれは知っている。 両手首を押さえつけられ磔になったまま、おれは目を瞑った。乱れたシャツから目を逸らす。 「君はつれないね、いつだって」 「疲れてるんだ」 「慰めてあげようか」 「いらない」 彼女の体温がじわりと沁みる。 仕事か……と彼女は噛み締めるように呟いた。 「君がいなかったら、わたしはおいしいお肉を食べれないのね。見てみたいなぁ君のキッチン」 牛、豚、鶏、ああそれと鯨とか?桜、紅葉、牡丹、綺麗な言葉もたくさんある。あなたは一体何を想像している? 目をひらく。 彼女は笑っていた。 「血生臭いだけ、だよ」 「きっとそうね。でもそれがいいの。血みどろの現実が見たいの」 「かわいそうに」 拘束された片手をほどき、彼女の頬に触れた。 「あたは現実に食傷気味なんだ」 「どういうこと?」 このときはじめて、彼女の表情が曇った。怪訝そうに眉をひそめる。 おれは微笑んだ。 「でなきゃそんなこと、言わないさ」 かわいそうなあなた。 ヒトを喰うヒトというのは、案外こういう存在なのかもしれない。堅実に現実と向き合うからこそ、彼女は日々たくさんの破片をこぼし、欠けた存在になっていく。 そして足りない部分をおれと、おれの日常に求める。 現実に飽きた彼女と、非現実的な仕事にいそしむおれ。唇を重ね、抱擁しあうことしかできない。ふれ合う肌を暖めて、現実と非現実の境界線をゆるゆると融かす。 深く交わり混濁することのない、表面だけの関係。 かわいそうなあなた。 かわいそうなヒト。 別れ際、気ををつけてねと声をかけた。すると彼女は気をつけるのは君の方でしょと無邪気に笑った。 夜道、気をつけて帰ってね。
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