温かい氷菓 【水魚シリーズ#3】

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 茹だる暑さに陽炎の立つ校庭を、教師の笛の合図で運動着姿の生徒が次々に走り出す。 「川辺か海辺か田んぼの中の道を、女の子と自転車二人乗りして帰るような青春をおくりたかった」  涼しい保健室で棒アイスを齧りながら、窓の外で行われる体育の授業を眺めていた生物教師北園(きたぞの)五郎(ごろう)の呟きに、彼とは中学からの付き合いである養護教諭の伊藤は「暑さで頭沸いた?」と呑気に微笑んだ。 「残念だったな。お前も俺も、都内の中高一貫男子校、電車通学で青春を終えたな」 「そしてその後は、女子のいる短い大学時代を経て、就職先は男子校だったわけだが」 「俺は共学の高校で保健室の先生しているわけだが」 「あれこれあって、初めて共学の高校に足を踏み入れた今、しみじみと思う」 「なにを?」 「共学の男子高生、女子とのコミュ力高ぇな」  何を突然、と言う顔をした伊藤が、五郎の視線を追って校庭に目をやる。さっきまで散り散りに走ったり歩いたりしていた生徒と教師が一所に集まって、男女入り乱れた人垣ができている。やがてそれを掻き分けるように一人の男子生徒が女子生徒を抱えて出てくると、人垣はまたほうぼうへと散って行った。 「熱中症か貧血かわかんねえけど、倒れそうな女子に気付いて真っ先に駆け寄るとか、その上、お姫様抱っこで保健室に向かうとか、少女漫画かよ。男子校出身には絶対無理」 「男子校出身で一絡げにしないでくれる? ああ、でも、あれは特別。女子の方は元から貧血でよく倒れるし、男子の方は幼なじみでほとんど保護者。いつも付き添いで保健室来るよ」 「付き合ってるのかな」 「そうじゃない?」 「だよなぁ」  いいなあ、青春だなあ、と呟く五郎を「食べ終わったら早く出て行ってよね」と伊藤は急かした。アイスなどとっくに食べ終えている。甘い味の滲み出る棒を吸いながら未練たらしく窓辺に居座っていた五郎だったが、じきに患者を迎え入れた室内は、二人が連れてきた外気と右往左往する者たちの熱気とで、一気に苦界に落ちた。  すっかり部外者になってしまった居心地の悪さから逃げ出す直前、五郎はベッドに寝かされた女子生徒を、背の高い男子生徒と伊藤の隙間からちらりと覗き見た。  夜見る川のように暗く畝る髪。色を失くした顔。今や暑くなってしまった保健室の中で、彼女だけが冷たい空気を纏ってひっそりと沈んでいた。
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