クルニア共和国国立ギルド 12

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クルニア共和国国立ギルド 12

 翌日ーーー  ポーションを製作しようと、まずは道具と材料を揃えるところから始めることにした。とはいえ、実はポーションの製作に大掛かりな器具とか、貴重な材料などはない。道具とすれば、清潔な布と専用の瓶、漏斗、底の深い鍋が2つあれば良いし、材料は薬草と魔石、水、トレントの枝だ。 ありがたいことに、それらが学院の備品として使用できないかフレック先生に確認すると、2つ返事で大丈夫だと言われた。消耗品である薬草と魔石はお金が必要だが、トレントの枝の貸出しは無料だった。 今にして考えれば、先日の依頼で討伐したミノタウロスの魔石を売却してしまったことが悔やまれるが、既に済んだことを嘆いても仕方ないので、渋々学院の売店で薬草2束と魔石を2つ購入した。 ポーションの制作中は、そこそこ臭いのきつい煙が出てしまうので、母さんも外で作っていたものだ。 (母さんのポーション作りを隣で見てたから、手順は覚えていると言っても、自分で作るのは始めてだから慎重にやっていこう)  周りを気にしないくてすむ手頃な場所と言えば、僕達の使っている演習場だと考えて、その隅の方に(かまど)を作って、ポーション製作の準備を進めた。他のみんなは、それぞれの依頼をこなしているために、今日はこの演習場には居ない。 「よしっ!始めるか!」  竈の上に水を入れた寸胴鍋を乗せて、自分の火魔術を使って着火させる。中の水がグツグツと沸騰してくると、予め刻んでおいた薬草を全て鍋に投入する。 (うっ!やっぱりスゴい臭いだ・・・) 思わず顔を(しか)める刺激臭が辺りに立ち込めると、僕は涙目になりながらも、鍋の中身をトレントの枝を使ってかき混ぜていく。  しばらくかき混ぜていくと、鍋の中の水分が減っていき、薬草本来の綺麗な緑色をしたトロトロの液体に変化してきた。 (よしっ!この状態になったら、次は魔石を砕いて投入だ!) 本来魔石は砕いてしまうと、ただの石の様になってしまうが、ポーション製作には砕いた直後の魔石を使う。そして、間髪入れずに魔力を通しやすいトレントの枝を通して聖魔術を鍋に込めていくと、砕けた魔石が触媒のような働きをして薬草を煮詰めた液体に聖魔術が浸透していき、ポーションが完成する。  さっそく魔石を手に取り、闘氣を纏って握りつぶそうとしようとしたところで、一人の人物が顔を顰めながら現れた。 「な、なんだこの臭いは!?」 「アーメイ先輩?」 姿を見せたのは、暗い緑色のローブを着込んだアーメイ先輩だった。 「エイダ君!?君がこの異臭の犯人か!?」 先輩は若干目を吊り上げながら詰問してきた。鼻をつんざく臭いのする鍋を前に、何事か作業をしているので、先輩の言う犯人が僕であるのは疑いようもないだろう。 「いや、異臭の原因と言われればそうですけど、そんなに遠くまで臭いましたか?」 「まぁ、そこまでではないが、近づくと段違いだな。正直、目に染みるような臭いだ」 「ははは、すみません。すぐに臭いは無くなるので、ちょっと待ってください」 ポーションは何故か最終行程の聖魔術を込めると、途端に臭いは消え去り、逆に清涼感漂う爽やかな香りになるのだ。 「いったい何を作って・・・こ、これは、まさかポーションか!?」 竈の周りに置いてある道具や、鍋の中身を覗き込んできたアーメイ先輩は、僕の作っているものの正体に気づくと、驚いた表情で僕を見つめてきた。 「はい。実は知力系依頼にポーションの製作があると聞いたので、事前に僕でも作れるか確認していたんですよ」 「ま、まさか、君は聖魔術が使えるのか!?」 「そうですよ。母さんほどではありませんが、骨折くらいなら治癒は可能です」 「こ、骨折の治癒だと!?第三楷悌相当の治癒力ではないか!?」 「そうなんですか?治癒力に関しては、母さん以外で実際に行使している姿を見たことが無かったので知りませんでした」 「ははは・・・まったく、君と言う存在は世間の常識に真っ向から喧嘩を売っているな・・・」 「僕にはそんなつもりないんですけどね・・・おっと、すみません。仕上げしないといけないので、少し鍋から離れてください」 僕の指示に先輩は素直に従ってくれて、数歩鍋から後退して作業を見守っている。先輩の視線に若干緊張しながらも、闘氣を纏って、鍋の上で左手に持つ魔石に向けて右手の甲を叩きつける。 『パキィィン!!』 ガラスが割れた様な小気味良い音が鳴り響き、粉々になった魔石がパラパラと鍋の中に落ちていく。続けて魔石をもう一つ同じように砕いて鍋に投入すると、すぐにトレントの枝でかき混ぜ詠唱を始める。 『我が身に宿りし力よ、求めに応じて顕現せよ!その力我が意思によりて望むものへと姿を変えよ!』 詠唱を終えると、聖魔術特有の薄い緑色の輝きが目映い発光と共に辺りを照らした。初めてのポーション製作だったので、そこそこ多めの魔力量を使用して魔術を発動させたのだが、ただの試作にしては少し多過ぎた様な気もする。 「なっ!なんだこの力は!!?」 先輩は込められた魔力量の多さに驚いたのか、鍋の方を見ながら目を丸くして固まっているようだ。魔力を通しやすいトレントの枝を使って発動した聖魔術が、まるで鍋で煮込んでいる液体自体が発光しているようにも見えるが、その輝きは徐々に薄れていった。 「よし、完成かな?」 鍋の中身を覗き込むと、そこには紫色をした液体が爽やかな香りを放っていた。ポーションは等級によって色が違い、下級は青色、中級は紫、上級は赤色をしている。ちなみに、母さんが作るポーションは特級と言われていて、色は真っ黒で見た目が悪い。 (そう言えば、母さんの完成させたポーションの見た目を笑ったら、3日間野菜しか食べさせてくれなかったな・・・) 出来上がったポーションを見つめながら、そんな過去を思い出していると、先輩が駆け込むように鍋の中を覗き込んできた。 「こ、これは、中級ポーション!!?し、信じられん!こんなに簡単に中級ポーションが作れるなんて・・・」 鍋の中身を確認した先輩は、ワナワナと震えながら僕へと視線を向けてきた。正直、もう少し魔力を込めた聖魔術であれば、上級ポーションも作れると思ったが、それは先輩の様子から、誰も見ていない場所で作った方が良さそうだと感じた。 「えっと、そんなに中級ポーションを作れるのは凄い事なんですか?」 「当然だ!そもそも聖魔術の使い手は希少だし、中級となると数人で協力して、それなりの時間を掛けて製作するものだと聞く。しかし、君は一人で、しかもたった数分で完成させてしまった!これがどれ程凄い事か!」 そもそも母さん以外のポーション作成方法を知らない僕は、先輩の興奮した説明にいまいちぴんと来ていなかった。が、興奮冷めやらない先輩は僕の両肩を掴みながら、なおも言葉を続ける。 「しかも、君は闘氣を使用直後に魔術を発動させていたのだぞ!両方の能力持ちについてそれほど詳しくない私でも、それはありえない事だと知っている。いったい君の身体はどうなっているんだ!?もし魔術と闘氣をタイムラグも身体の負担も無く使用できるとすれば・・・これは常識が覆るぞ!」 興奮した先輩は、矢継ぎ早に言葉を重ねてくるが、そのあまりの圧力と、お互いの息が掛かる程の距離で先輩の整った顔を見つめている僕には、咄嗟に言葉が出てこなかった。 「あっ、あの、せ、先輩?」 「ん?どうした、エイダ君!?」 「そ、その・・・ちょっと近いかなと・・・」 「ん?・・・っ!!す、すまない!」 「い、いえ」 僕の言葉で自分がどのような状態だったのかを客観的に認識できたのだろう、先輩は顔を真っ赤にして素早く距離をとった。距離をとられたことに少しだけ寂しさを覚えながら、この空気をどうしようか考えていると、先輩が咳払いと共に口を開いた。 「う゛、う゛ん!はしたない所を見せてしまったな。まったく、君を見ていると自分の常識と言うものが不確かなものに感じてしまうよ!」 「ははは、それは僕も一緒なんですけどね。両親と一緒に暮らしていた時の常識と、こうして学院で沢山の人達に出会ってからの常識は、まるで違いますから」 「なるほどな。確かに、常識とは経験や知識を得ることで変化する。私のエイダ君達に対する常識もだいぶ変化したものだよ」 優しげな表情でそう伝えてくる先輩に、僕も笑顔を向けた。  そうして、雰囲気が落ち着いたところで、改めて先輩が僕のことについて聞いてきた。 「ところで、個人の能力に関してあまり深く詮索するのはマナー違反だと分かっているが、答えられる範囲で構わないから、先ほどのことを教えてくれないか?」 先輩が先程、矢継ぎ早に話してきた質問を思い返しながら、どう説明したものかと首を傾げる。 「う~ん、ポーションの製作については、母さんのやり方以外の一般的な方法を知らないのでなんとも言えませんが、闘氣と魔術のことなら、推測で良いならですが?」 「ふむ。無論それで構わない!」 「僕は両親がそれぞれの単一能力を持っているので、幼い頃から交互に鍛練を受けてきたんです。確かに最初のうちは休憩時間が短いと倒れていましたから、身体が慣れたのかもしれません」 「う~ん、私もそれほど詳しくないから何とも言えないが、慣れでどうこうなるものなら、そういった手法が既に確立されているんじゃないか?」 そう先輩に指摘されると、確かにその通りだと納得してしまう。両方の能力をタイムラグなく使えると言うことは、結構なアドバンテージになるはずだ。 ノアは第三段階までしか至れないとは言っても、両方の能力で第三段階まで至れれば、かなりの戦力になるはずだ。それは戦争が続くこの大陸の情勢においては無視できない情報のはずだ。 (戦争をするには、実力のある人物が少しでも多い方がいいだろうし、今まで実力不足と思われていた存在が、戦力として期待できるようになるなら、国にとっても好ましいことのはずだよなぁ・・・) そう考えれば、両方の能力を交互に鍛練させて身体を馴染ませるなんて誰でも思い付くことをしないはずがない。 「そうすると可能性としては、生まれつきの体質か、両親の指導のおかげですかね?」 「ふむ、例の素晴らしい性能の魔術杖を作り出した母君か・・・それほどの知識があるのだ、あり得ない話ではないな!」 「あの、一応父さんもその中に入れてあげてください」 「そ、そうだな!君の父君と母君の指導の賜物なのかもしれんな!」 残念ながら、先輩の意識の中に父さんは存在しなかったので、何となく居たたまれなくなった僕は、先輩の言葉を訂正していた。 「とは言え、あまりこの事については他の人には言わないでくださいね?」 「む?何故だ?君達の周りからの評価を考えれば、こういった事をアピールすれば、見方も変わってくると思うぞ?」 「そうかもしれませんが、現状では余計な厄介事が舞い込んでくるような気もしますので・・・」 武力系の依頼を特に考えもせずにこなしたことで、あらぬ誤解をされた事がちょっとした騒動になってしまったことを思い浮かべながら、歯切れの悪い返答をした。 「そうか?考え過ぎではないかと思うが、私が強制することではないな」 あっさりと引き下がった先輩に、少しだけ胸を撫で下ろして作業へと戻った。あとはもう一つの鍋に清潔な布を張って、薬草と砕いた魔石を()して、ポーション用の小瓶に漏斗を使って分けて入れれば終了だ。  今回の試作で出来上がったポーションは、全部で10個の小瓶を満たすほどの量が作れた。大した手間も時間も掛かっていないので、そこそこの個数の依頼があったとしても問題なさそうだが、重要なのは効果だろう。 (母さんの手順通りに作ったし、一応見た目も中級ポーションの様だけど、回復効果が本当にあるか確認しておくか!) そう考え、僕は確認のために腰の剣を抜くと、左手の人差し指に切っ先を少しだけ突き刺した。 「なっ!何をしてるんだっ!?」 僕の行動に、血相を変えながら慌てて止めようとした先輩を制して、鍋にちょっと残った紫色のポーションに血が滴る指先を浸けた。 「・・・うん!問題ないな!」 一瞬で傷は塞がり、痛みも消え去った。初めてポーションを製作したのだが、どうやらちゃんと出来ていたようだ。そんな僕の行動の意味を理解した先輩は、少しだけ怒った様子で声を荒げた。 「エイダ君!いくら効果を試すからといって、いきなり目の前で自分の指を切りつけるなんて驚くではないか!?」 「す、すみません。そこまで深く考えていませんでした」 「せめて一言断ってからしてくれ。私は言葉遣いがガサツかもしれないが、こう見えて痛い様子を見るのには忌避感を持つ普通の女性なのだぞ?」 「い、いえ、こう見えても何も、先輩は素敵な女性ですよ?」 「っ!!ふっ!まったく、年下の癖に私をからかうな!」 先輩は僕の言葉に一瞬だけ顔を赤らめながらも、可愛らしく頬を膨らませて小言を言ってきた。 「そんなつもりは無かったんですが・・・そうだ!お詫びと言ってはなんですが、このポーション持っていってください」 僕はそう言いながらポーションの小瓶を2つ掴むと、先輩へと差し出した。 「・・・良いのか?中級ポーションなら一つ5000コルはするものだぞ?」 「これは試作品ですし、さっきは急に気分の良くないものを見せてしまいましたからね。一応効果は問題ないと思いますが、もし先輩が怪我をしたら、使った感想を教えてください!」 「ふむ。まぁ、そういうことなら受け取っておこう。ちょうどこの後、受注した依頼で大森林に入るところだったからな」 「そうだったんですね!気を付けて行ってきてください!」 先輩は僕からポーションの小瓶を受けとると、腰のポーチに大事そうに収納してくれた。 「うむ!では、行ってくる!ありがとう、エイダ君!」 そうして先輩は僕に笑顔を見せた後、ローブを靡かせながら颯爽と立ち去っていった。
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