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オフィスの彼の机の上に、資料の束が積み上げられている。表紙だけ目を通すと、パソコンのメールをチェックする。七通の未読。タイトルに【社内回覧】【情報共有化】と入っているものはタイトルだけ流し読みしていく。
【ESプロジェクト】のメールで手を止めた。この社内プロジェクト、宿題のレポートやミーティングが多い。仕事も家庭のことも忙しい安中には、迷惑だった。
リーダーの板倉からかと開くと、前橋いつき、という覚えのない差出人だった。会社の問題点について、お話を伺いたい、と書いてある。そんな暇はない。会社の問題点なんて、いつだってある。俺はただ、俺がぶつかる問題を日々なんとかするだけで、精一杯なんだ。
安中は、上司の研究所長の席へ行った。
「すみません。前に届を出した通り、午後から早退させて下さい」
所長はモニタから、白衣を巻き上げるように振り向いた。六十歳を超えているだろう白髪の所長が、立っている安中を見上げた。
「ううん? 妹さんの病院か?」
「先日の検査の結果が出たので、説明するから来い、と言われまして。医者はこちらの都合などお構いなしですから」
担当している新薬の試験日程は遅れている。早退に、所長は内心不満だろう。
「ううん? 医者というものは忙しくて自己中心的なものだよ。仕方がないだろう」
「ありがとうございます」
と安中が頭を下げた。そうそう、と所長が甲高い声を出した。
「中央病院に行くついでに、本社に寄れないか。管理本部の沼田が、君と話したいそうだ」
「あの、妹は中央病院ではなくて、大学病院なので、本社の近くは通らないのですが」
「ううん、そうか?」
「沼田本部長は、すぐに来い、と?」
管理本部長という偉い人直々に呼び出されるなんて、何だろう。全く心当たりがない。
「いや、本社に来たついででいいと言っていた。君からの申請の件じゃないかな」
申請手続きなんて、人事の担当者とやっている。本部長レベルの話ではなかった。
「君の妹さんも大変だな。病気は、人の日常生活を奪う。早く、一つでも病気がなくなるように、我々も頑張らなくてはな」
所長の言葉に、はい、と安中は頷く。
「いつか人類は全ての病に打ち勝つ。わが社がその先陣を切るんだ。わが社の社是は『薬で人を幸せにする』だ」
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