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元の経緯がどうであったかなど知る良しもない。
僕が知っているのはただ、幕府が倒れて新政府になったことで不安を感じていた人々が、お上とは全く違う“心の指導者”を求めていたこと。昔から頭もよく人望のあった彼の両親が、彼が生まれたことを契機にひっそりと宗教団体を立ち上げるに至ったこと。赤ん坊だった彼が、神様の子供として祭り上げられたということ。どういう方法を使ってか政府の要人にも隠れ信者がいるらしく、政府公認の宗教法人として着々と地位を確立していったようだということ。
神様の声が聞こえる、特別な御子。そのように持ち上げられる彼が、実は――親たちよりもずっと賢く、特殊な環境にありながらずっと冷めた視点を持っていたということだけだった。
『俺を神様の子だと思った理由が、両親と違って瞳の色が青かったからっていう、それだけのことなんだから笑ってしまうよ』
僕、宗吉の両親もまたそんな永楽教の信者であった。親に言われて同い年の彼の遊び相手になっていたのが、交流の始まりである。神様の子というからどれほど偏屈な子供かと思いきや、彼はちょっと変わりものなだけの、良い意味で普通の人間であったのだ。
自分の眼が青いのは、きっと遠くご先祖にそういう目の色の人がいて、それがどこかで遺伝したのだけのことだろう、と。自分には特別な力も何もないし、神様の声を聴くなんてこともできない。それでもみんなが自分をそう信じて頼ってくるし、両親も妙に自分をアテにしてくるからそういうことができるフリをしないといけないのだと。
『残念ながら、俺は父上と母上の子であり、まだ子供という年齢なわけで。二人の庇護なくしては生きていくことができないのだ。だから空気というものを読むしかない』
『空気か。お前も難儀なんだな」
『そうだとも。今日だってせっかくの雪だというのに。外に飛び出して他の子ども達と鬼遊びに興じることもできないんだぞ。君のように両親が認めた子で、室内で細々と遊ぶことしか許されない。怪我をしたり、人浚いにあったりしたらどうするのだという。俺は結構な健康体だし、子供の中でもなかなか力持ちな男子だと思うのだけれど』
『確かに。この間は米俵を一人で担いで走っていたな。女中が仰天していた』
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