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なんてことはない。金目当てで教団を立ち上げた彼等にとって、聖蓮の行き過ぎた善意は目に余るものだったということだ。それが最終的に大勢の信者を獲得し、組織を大きくする結果になるのだから皮肉だとしか言いようがないが。
「お前は、もっとお前自身を大事にすべきだ、聖蓮」
僕はついに、思っていたことを言った。
「今度、二人で新しい小説を考えると約束しただろう。鉄道のミステリイだ。架空の設定を取り込んでいいのであれば、東海道線以外にもたくさんの路線が開通していることにしてしまおうと。何、日本はいずれそうなる。もっと気軽に民間人が、快適に、鉄道で日本中を行き来できるようになるだろうと。……なのにお前は、最近僕と語らう時間もろくにないではないか」
「仕方ありるまい、俺にはやることが多いのだから」
「この間も、事故に遭う寸前だったと聞く。今日の雪は、例年とは明らかに違う。いかにお前が丈夫な十八の男子であっても、雪国の訓練をしているわけではないだろう。何かがあってからは遅い。お前は僕に、心配の一つもさせてくれないつもりか?」
もっと自分がやりたいことを優先してほしい。世の男子の多くはそうしているはずだ。家業が忙しいとしても、自分のやりたいことの大半を犠牲にしていることはそうそうないだろうに。外国からたくさんの文化も入ってきている。日本はこれから、どんどん色鮮やかな進化を遂げていくことだろう。書籍で、あるいは旅で、そういったものをもっともっと見て行きたい年頃に違いないだろうに。
「君の気持ちは嬉しい。でも俺の使命は、みんなを救うことであるからね」
聖蓮はにっこりと笑った。僕は悔しくてならなかった――彼が無意識に、その“みんな”から己を弾いていることに気づいたがゆえに。
そして、その夜、恐れていたことが起きてしまった。
彼は雪山の麓で事故に遭い、大きな怪我をした。そして怪我が治った後も熱病を患い、昏々と眠ったまま目を覚まさなくなってしまったのである。
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