2人が本棚に入れています
本棚に追加
6話(終わり)
日が落ちて暗くなっていくと、さっき目の前で起きた出来事が夢のようにも思える。やがて男はゆっくりと話を始めた。
「俺の想像だけど彼女の父親は、十三年前に俺が沖縄で見た死体?──日本にはもういないはずの、あの狼だったんじゃない?」
エレラはこくりと頷いた。
「私は長い間生きて、何度も恋をしたわ。人を愛して家族になって、見送って。その繰り返しに疲れて北海道の山奥で誰にも会わずに消えようと思った。でもそこで狼と人の子として生まれ、たった一人で生きる彼に出会ったの。両方の特徴を持つ彼が満月の夜には完全な狼になる」
「狼人間?」
信じられないと首を振る。しかし言われてみれば、月子の外見がまさに人と狼の特徴を併せ持っていた。
「やがて愛しあい身ごもった私は、彼に迷惑をかけたくなくて山を降りた。匂いで辿れないように沖縄まで行ったのに、彼は二歳になったばかりのあの子と私の前に現れたの」
彼のエレラへの想いに胸が痛む。
「初めて見たわが子の姿に『可愛い可愛い』って何度も何度も。あの子は飢餓状態だった。私がとめるのも聞かず、彼は持つ愛情の全てを──自身の愛を一滴残さずあの子に与えて亡くなった。月子は何も知らない。父親が狼だったことも、それゆえに年をとるのも早いことも──」
「悪態をついていても、本当はあなたのことが大好きなお嬢さんの気持ちにも気づいていたね?」
「ええ、それは。それはもちろん。だから生きてこられた」
涙を流すエレラの顔を覗き込む。
「俺ではだめ?月子さんや彼の代わりにしてとは言わない。俺とまた新しい恋をして、家族になろうよ」
「榎木田さん……?」
「──ああ、ごめん。それはペンネーム。本名だと仕事がやりにくくて」
「え?」
「深見影彦。実はこっちが本名なんだ」
エレラは光だした自分の手を見つめる。
「……深見さん、あの子が死んだら今度は海に行こうと思ってた。でもあなたは事情を知っても、まだこんなに愛情をくれようとしている。私、受け取ってもいいの?」
影彦はその潤んだ瞳に引き込まれ、つい自分の心をさらけ出してしまう。
「多分俺はそのために来たんだよ。それにこんな綺麗なきみだもの、今度は人魚が恋をする。それなら俺で良いでしょ」
「本当に……あの深見さん?」
「言ってて相当恥ずかしい、でも本心だ。俺が毎日きみに愛を誓うよ。愛情が減ったと感じたら、その時はあるだけ吸い尽くせば良い。俺と生きていこうよ」
会ったばかりなのに、これってプロポーズだよなと頭を掻く。
そしてこれから恋をしていくのに、彼は自分が死んだ後を思う。どうかまたエレラが愛せる人と出会って欲しいと願うのだ。
月子の父もそうだったのだろう。その死に導かれて影彦は自分がここへ来た気がしてならない。そして自分の愛情で眩いばかりに輝く彼女を抱きしめた。
エレラはかつての家族や夫と月子に感謝した。そして愛しそうに目を細める彼を見つめ返す。
「影彦さん。私もずっとあなたの、ファンです」
そして温かな腕の中で確信する。
『これからはここが私の居場所』
最初のコメントを投稿しよう!