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2話
「あ、……母が急に具合が悪くなって」
「良かったら送りますよ?と言っても旅行で来ているので道案内して貰わないと」
いそいそと車から降りてくる。
「でも……」
「あー、そうですよね。知らない人の車に乗れませんよね」
後部のドアを開けた男は頭を掻いている。
「いえそんな。……ご迷惑じゃないですか?」
そう言いつつも早く月子を休ませたい。
「大丈夫です、気ままな一人旅ですから」
「お言葉に甘えてお願いします。この先にアパートがあるのでそこに」
後ろの座席の荷物を端に寄せていた男が動きを止めた。
「病院でなくていいんですか?」
月子はぼそりと呟く。
「病院行っても治らないから」
「え──」
驚く男にエレラがあわてて謝る。
「あの、ごめんなさい」
「いえ…………どうぞ」
男は車から降りて月子を後部シートに横たえ、エレラは助手席に乗座った。
「なんか臭い」
鼻をつまんだ月子が言った。
「いやあ、すみません。車中泊も多くてあれこれ積んじゃうんですよ。洗濯はマメにしてるつもりなんですけどね」
「ごめんなさい、乗せて頂いてるのに。……旅行がお好きなんですね」
「まあ、半分仕事っていうか。ルポライターみたいなことやっています。あ、これ」
運転席に乗り込んだ男は、ジャケットの胸ポケットから名刺を取り出す。受け取ると『榎木田豊』と書いてある。
「へー、凄いですね。大変じゃないですか?」
「いやあ、殺人事件に巻き込まれたり、妹に弁護士がいたりしませんけどね」
はははと笑いエレラがつられて笑うと後ろから月子がため息をつく。
「そんなことあるわけないじゃない」
「小説の話ですもの現実にはね。すみません、そこを左です」
「え?ああはい」
目の前の三叉路を左に折れて細道に入る。
「お父さんに連絡しなくていいんですか」
「──いえ。父はずいぶん前に亡くなったので」
「あ、すみません」
前を向いたまま男が頭を下げた。
「いいえ」
「何だかお互いに謝ってばかりですね。失礼ついでに生活はどうなさってるんですか?お二人で」
「あの……母が小説を書いていて、それでなんとか。昔と違って今はどこに居ても書けますから。便利な時代になりました」
自分が書いていることは秘密だ。
「へえ、それで食べてけるんなら大したもんだ。俺なんて山ほど掛け持ちして記事書いて、食えるようになったの三十越えたこの二、三年ですよ」
「いつもメッセージ下さる方がいて、励まされるって言ってます……」
二階建てのアパートの駐車場に車を停める。月子の足元がおぼつかないので、男が二階の部屋まで抱えて連れて来てくれた。
部屋に布団を敷き、月子を寝かせたエレラがリビングに戻る。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえ、じゃあ俺はこれで」
「あ、あの、コーヒーだけでも飲んでいって下さい。外は寒いので」
玄関に向かう男をエレラは戸惑いながら引き止める。
「じゃあ遠慮なく」
男が小さく笑った。
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