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3話
「いい香りだ」
そう言って男はコーヒーカップを口に運ぶ。
「本当にお世話になりました」
「いえ、大変ですね。えーと……」
「大神エレラです」
「小説はいつも住んでる場所を書いてるんですか?」
「ええ。あ……母がリアリティーが出るからって言っています。甘いもの、召し上がりますか?」
男が頷くので台所にお菓子を取りに行く。
「商店街のお話ですね。ここへ来る前に駅前を歩いたんです。いつも買い物はそこで?」
「何でも揃うし、お肉も安いんです。おまけしてくれるし。今日は……母の体調が悪くなって引き返して来ましたけど」
アイスボックスクッキーを皿に出していたエレラの手が止まる。
「…………私、商店街が舞台の小説って言いましたっけ?」
男が再び小さく笑う。
「その小説、あなたが書いてるんですよね」
「いえ、それは……母が……」
震えた手が当たり、皿がカチカチと音を立てる。
「母が母がと言うけれど、あの人は自分が好きなはずの小説も知らない。作中の少し古い言い回しに、初めはお母さんの作品だと思ったけど、書いているのはエレラさんあなただ」
「それは……」
「毎日あなたが書いたものを読んでるんですよ?雰囲気や言葉遣いで分かります」
「え?」
男はエレラを正面から見つめる。
「深見影彦です、☆○さん。あなたの、ファンです」
突然のことに狼狽する。☆○(星満月)は確かにエレラのペンネームだ。
「あ……いつもメッセージをくれる深見さんですか?でもどうして……」
「偶然だと思いますか?小説を読んでもSNSを見ても、あなたがここに住んでいることはバレバレですよ。『駅前に全国チェーンのコーヒーショップが出来た』『近くの商店街の喫茶店のマスターは不安げだ』『その隣の本屋の店主はベレー帽がトレードマーク』『アパートに帰る道のビビッドなアフロの帽子のお地蔵さん……』まるで会いに来てくれと言わんばかりだ」
「私はそんな……」
その時、男が眉間にシワを寄せる。
「コーヒーに何か……入れましたか?まさか、わざと…………会いに来るように…………?」
男がゆっくりとソファーから崩れ落ちた。
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