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4話
「眠った?」
寝室から月子が顔を出した。
「ええ、全部飲んだから」
空になったカップに目をやる。
「本当にいいの?やめるなら今だよ」
「だって、それしか方法がないじゃない。さっきだって……」
言いかけてエレラはやめた。
「そうね、あたしあのまま死ぬところだった。その方が良かったのにこの人が……」
「いやだ!なんでそんなこと言うの。私一人じゃ生きていけない」
月子の足にすがって泣き崩れる。
「この人は?こんな遠くまで追っかけてきて。あんただって毎日楽しそうじゃん」
「それは、好きな本や映画の趣味が合うから……」
筋張った手がエレラの頬を撫でる。
「あたしがこの人から愛情吸いとって、辛いのはあんたじゃないの?」
「でも……、少しだけ……。後は通りすがりの人の小さな好意もらおうよ」
月子はソファーに腰かけ、深いため息をつく。
「それすらもらえないから、あたしはこんなになったのに……」
ガタッと音がして男の声が低く響く。
「それは、いったいどういう意味だ?」
目を開けた男は身体を起こす。先ほどまでとは口調が違う。薬で眠っているとばかり思っていた二人は驚いた。
「飲んでなかったんだ?」
月子の言葉にポケットからジッパー付きのビニール袋を取り出した。
「紙オムツに使われる高分子吸水材。仕事柄いろんな人と関わるから、出された物は用心するようにしてる」
「へーえ、ヤバイって思いながら来たんだ」
男はソファーに座り直す。
「…………高校の修学旅行で沖縄に行った時に、死体が海岸に打ち上げられて大騒ぎしていた。体中の生気を吸いとられたような──不思議な死体だった」
エレラは男の話に顔をそむける。
「それがきっかけで大学では各地の怪奇現象を調べた。すると死に至らないまでも全国で似たような事件が起きている。俺は卒業後ルポライターの仕事をしながら各地を調べて回った。エレラさんを知ったのは小説のサイト。過去に書いた物も遡って読んだ。歴史小説、ミステリーやライトノベル。この人とは好きな小説や感性が近いのかもとメッセージを送るようになった」
そして重苦しい表情で言葉を続ける。
「ふと過去の作品の背景と、事件が起こった場所が似ていて気になった。調べてみたら、他の作品でも舞台になった場所で怪事件が起こってる。……君たちは何者なんだ?」
少しの沈黙のあとエレラは語り始めた。
「食事もするけど、主に愛情を食べて生きる種族……とでも言えばわかってもらえるかしら」
到底信じられる話ではない。それでも男なりに理解しようとした。
「人の気持ちに敏感……、と言うようなものか?」
エレラはイエスともノーとも答えない。
「あんたに想像出来るのはその程度だよね。でも実際あたしたちは自分に向けられた『愛情』を食べて生きるの。嫉妬や妬みがあっても愛情だけ取り出して。あたしは感情を全部飲み込んで上手く消化出来ないけど」
「だからきみは母親のために俺をここに来るように仕向けたのか?趣味を合わせたり、居場所を分からせたり」
エレラは大きくかぶりを振り、長い髪がうねる。
「好きなものは本当に偶然なの。いつもあなたの言葉にどれほど元気づけられたか。……でも、ごめんなさい」
項垂れたエレラを横目に月子が説明する。
「この人があたしのために誰かに来て欲しかったのは事実。出来るならあんた以外の人にね。ああ、それと一応言っとく。母親はそっち、あたしがその人の娘なの」
月子は自分がまだ十五歳だと言う。男は眼を見開き、目の前の二人を交互に見た。老人にしか見えない娘と、少女のような母親。
「なんだって?そんな……バカな!」
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