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5話
「赤ちゃんて可愛いでしょ。本当なら他人の「可愛いね」だけで生きていけるの。でもあたしはそうじゃなかった」
その言葉にエレラが烈火のごとく怒り出す。
「そんなことない!可愛かったよ。今だって可愛い」
「親にはね、でも同族の愛情は受け取れない。それでも世の中には優しい人がいて今まで生きてきた」
男にも理屈はわかる。だがそんなことがこの世にあるのだろうか。
「けど父が普通の人で愛情だけを選別出来ないあたしは、悪意に満ちた感情も一緒に受け取って心も身体も蝕んだ。逆に人の愛情だけで生きると綺麗になるんだ。この人見てたらわかるでしょ。良いよね、自分は美人に生まれてちやほやされて長生きして」
「…………」
なにか言おうとして男はやめた。
「今回は内面で好きになってもらおうってさ。ほんっと親バカだよ、こんな性格ひねくれてんのに。だからこの人は書いた小説をあたしが作ったことにした」
「俺をどうする気だった?」
「薬でぼんやりしてる時にあたしが手を握ると、手の持ち主をこの人だと思って愛しいと思うでしょ。それで愛情を貰う」
「そんなことしなくても」
「やめて、分かってる!あんたの愛情は車の中でも伝わって来た。それだってあたしを作家だと思ったからじゃん。あのまま死ねるところだったのに」
「月ちゃん!」
「あんたも辛いんでしょ、この人のこと好きなくせに」
「え?」
驚く男に見つめられて、違うと首を振りながらながらエレラは顔を赤くする。
「あたしが生まれてすぐにお父さんが亡くなって十五年。知ってる限りこんなに楽しそうなこの人を見たの初めて」
男は驚きから優しい表情に変えエレラを見つめた。
「俺も事件を追う好奇心より、ただ会いたくて来たんだ」
「わかるよ、文字から溢れた想いを浴びたこの人は毎日輝いてたからね。あたしはこの人が寝てる時にあんたの動き見てた。『高速に乗る』『今○○のサービスエリア』『○○県に入った』近づいて来てるのわかったよ」
「月ちゃんそんなことしてたの?だから今日買い物に行こうって言ったのね」
それには答えず、月子は続けた。
「母が長生きなのは人に愛されるから、あたしはこの人以外に愛されたことない」
「これから出会うかもしれないだろう?」
「そう思う?おめでたいのね。でも疲れた、もう愛情もいらない。あたしお父さんのところに行くから、この人のこと愛してあげて」
突然だった。感情の全てを拒否するように月子はその場に倒れた。
「いや、いやよ!」
エレラは月子を抱き締めるが、徐々に手応えがなくなっていく。
「さよなら……お母さん…………」
「月ちゃん、私を置いてかないで!いやだ、いやああーー」
その姿が少しづつ薄くなって砂のように崩れていく。
やがて僅かに開いた窓から外に流れて跡形もなく消えていった。
「ごめん、ごめんなさい月子。望む姿に生んであげられなくて。ごめん……なさい」
エレラの嗚咽が続き、男はその背中を撫でることしか出来なかった。
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