師走の金曜日

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師走の金曜日

 2019年、師走の金曜日。  何処の企業でもそうであるように、この月は特に忙しい。私は仕事に忙殺される日々を送っていた。冬休みまであと1週間というモチベーションも翌週に投げた膨大な業務を思うと大した気休めにもならない。  師走の神様は性悪なのかと思う。毎年毎年連休前になると問題が数多発生する。今年も狙ったかのように私が勤める会社の製品に市場不具合が何件も発生し、私はその解析と対策、顧客への報告に都度追われ、気付けば実働15日で残業が60時間を超えていた。  次から次へと発生する問題は、私のアイデンティティである小説創作活動に大きな影響を与えている。  朝8時には出社し帰宅が深夜12時を回れば、凡人の私の脳味噌から『眠い』以外の言葉しかパソコンに向って湧いてこないのも致し方なく、小説投稿サイトで連載中の作品も更新が遅れがちになるのは道理だった。    寒気が列島を覆い台風ばりの強風が吹く中、この日も私は終電で最寄の駅に降り立った。日々帰宅がこんな時間になればストレスは尋常ではない。ここ1、2年で髪に白いものが増えたのはその所為だろうか。  しかしそれを解消する術を持っていないわけではない。週末になれば登山や釣りに行き自然を感じて癒しを満喫する。ただ執筆を生き甲斐とする私の最大のストレス解消法といえば、やはり存分に妄想すること、それに尽きる。  妄想タイムは人それぞれだが、私は帰宅の途上、イヤフォンで音楽を聴きながらが常だった。    この日はクリスマスを数日後に控えた独り身の寂しさからか、チョイスした洋楽のバラード曲、その透き通るような歌姫の声に、もう何年も途絶えていた恋を夢みてしまい、私は素敵な女性とロマンティックな出会をし恋に落ちる、なんて三十半ばを迎えた男にしては随分と乙女な、間違っても会社の同僚には知られたくない類の妄想をしていた。  そんな妄想をしていたからだろう、ホームから改札口へ上がる階段を登ろうとした刹那、上から下って来た一瞬外人さんかと見まがうほど目鼻立ちの整った綺麗な女性に、私の目は釘付けになり離れなくなっていた。
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