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もし、桃を見送りに行くとしよう。
そうなると、車で駅まで行くのがベターだが、間の悪い事にウチに唯一ある自家用車は父親が親戚の挨拶回りに使っており、家にはない。
そして、最寄りのバス停のバスの発車時刻もあと7分と迫っており、そのバスを乗り逃したら、桃が乗ると思われる16時20分の電車の発車時刻には間に合わない。
「あぁ、もう!」
僕は奇声を発すると、ベッドから跳ね起き、寝癖もそのままに家を飛び出した。
走っている最中、靴ひもがほどけそうになっている事に気付いたが、僕は取り合わず、500メートル先にあるバス停に向かって全速力で走る。
赤塚の『ここで自分の気持ちを伝えとかなきゃ、一生後悔引きずって生きてく事になんぞ』という言葉が燃料となり、僕の足を動かしたからだ。
どうにかバスに乗る事が出来、バスの中で乱れた呼吸を整えると、僕は駅で桃に切り出すべき言葉を脳内で整理していった。
バスが駅前に着いた。
僕はバスを降りると駅前で桃を探し、そこにいないというのが分かると、今度は入場券を購入し、駅構内とホームで桃の姿を必死に探す。
が、駅構内にもホームにも桃の姿は見えず、16時20分の各停は無情に駅から走り去っていった。
──まさか、もう東京に帰った、って事はないよな。
途方にくれ、僕が天を仰いだその時であった。
「あっ、ブルーじゃん」という声が、僕の右の耳朶に入ったのだ。
「……桃」
僕は視線を階段を降りてくる桃に向けると、その僥倖に口角を緩める。
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