【ショート・ショート】踏み出せ、一歩!

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「青池、お前初詣の時、また桃に会いたいってお願いしたんじゃねーのかよ」 赤塚は先程までの熱を帯びた状態が嘘であるかのように、真摯な面持ちとなった。 「いや、それはしたけどよ……」 「なら、ここで会って自分の気持ちを桃に伝えとかなきゃお前、一生後悔引きずって生きてく事になんぞ」 赤塚の正論に僕は言葉を返す事が出来ず、黙り込むしかなかった。 「まぁ、お前がどうしても、って言うのなら、俺も無理強いはしねえけどよ」 赤塚はふぅと息をつくと、腰を上げる。 「けど、もしお前の気持ちが変わったのなら、お前だけでも俺達を代表して、桃に会いに行ってくれや。 正直、毎年あんな桃と盛り上がってたのに、途中で録画が終わったみたいにアイツとサヨナラすんのは、俺的に悲しいしよ」 続けて赤塚は言うと、部屋を出ていき、階下の母親に「オバサン、急に押しかけてゴメンね」と言いながら、玄関のドアを閉めた。 一人取り残された僕は、虚空を見つめたまま、赤塚が先程言った言葉を幾度も脳内で咀嚼した。 ──このまま、桃と会わずに後悔だけを引きずったままで生きていくのか、それとも。 スマートフォンの時刻は、15時38分と表示されている。 桃がいつまでこの街にいるのかは分からない。 が、『ギリギリまでこの街にいて、夕方には帰るつもり』という桃の言動を信じるならば、桃は最終電車かその前の電車でこの街から去っていくつもりなのだろう。 乗り換え案内で東京までの最終電車を調べてみると、17時10分の電車に乗らないと、桃は東京に帰る事は出来なくなる。 慎重な性格で社長にまで上り詰めた桃の事だから、おそらく桃はその一つ前の16時20分の電車でこの街から去っていくだろう。
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