全部捨ててしまえばいいのに

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今週は大きな台風が来ていて今まで経験したことのない雨風に襲われると、テレビは連日てんやわんやだった。各地の知事も、総理大臣までもが、「自分の命を守る行動をとれ」と、口を揃えて言っていた。私はその全てを、どこか他人事のように見つめていた。この地に住んで十年になるけど、今まで災害になんて遭ったこと無かったし、沢山雨が降って生活に支障が出るなんて思ってもみなかった。だからこの日も、いつものように大好きな映画のDVDを見ながらワインを飲んでいた。そうやって過ごしながら、いつの間にか気持ち良くなって、赤いソファーの上で夢と現実の狭間をふわふわと漂いながら、次第に深い眠りへ落ちて行った。 ピンポン、ピンポン、ピンポン! しかしそんな気持ち良い世界を行き来していた私に、突如物凄い現実が突き付けられた。 「消防です!水がそこまで来てます!すぐに逃げて下さい!」 外の騒がしさに気付き、ぱっと目が覚めた。 目の前の映画はいつの間にかエンディングを迎えていたらしく、DVDのチャプターがチカチカと光っていた。何度も鳴らされる玄関のチャイムと消防士の声は、まるで夢でも見ているかのように非現実的だった。 水がそこまで来ている・・・? 消防士の言っていることを理解するには、少し時間がかかった。だってこの家に水が来るなんてこと、あるなんて思っていなかったから。 確かにこのマンションの近くには、多摩川が流れていた。でも多摩川は作りがしっかりしているから溢れない構造になっているし、ここまで水が来るなんてことはまずないと、このマンションを買う時に言われたのだ。それに近くと言っても、河川までは一キロ以上あった。 「川沿い、気持ち良さそうでいいじゃん。週末には二人で散歩に出掛けよう」 当時、元夫はそう言って、嬉しそうにこのマンションに決めていた。しかし私達夫婦と同じ考えの人が多かったのか、新築で売り出されたマンションはあっという間に予約で埋まってしまった。当時仕事が忙しかった元夫は、マンションの契約を後回しにしてしまい、結局当初予定していた上の階ではなくて、最後まで残っていたこの一階の部屋を契約することになったのだ。別に今まで一階でも何の不自由もなかったし、むしろエレベーターに乗らなくてすむので快適とすら思っていた。それが十年後、あの時仕事に追われて上の階を契約出来なかった元夫を、こんなに恨む日が来るなんて。
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