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「また始発から終電まで働いてしまった……」
玄関の扉を開けるなり、私は倒れ込んだ。ここ数日はずっとこうだ。職場の先輩が突然の妊娠・つわり・体調不良で「あとはよろしくオロロロロ」と言い残して休職し、入社三年目にしてプロジェクトリーダーを引き継ぐことになってしまった。とは言えザ・文系企業の何ちゃってお仕事改革にそれらしい名前を付けただけの仕事なので、皆様が想像するほど大変な仕事ではない。が、自分の仕事がなくなる訳ではないので時間がいくらあっても足りない。ただ単に自分の業務にプラスされた役割だから、給料が上がる訳でもない。残業代で差を付けろ。
しばらくすると、廊下の奥からパタパタとスリッパを鳴らしながら、妹がやってくる。
「おつかれ〜。毎度のことながら殺人現場さながらだね。チョーク・アウトラインでも引いとく?」
「片付けが面倒だからやめて……」
私、桜木芳乃は妹のさくらと二人暮らしをしている。驚いたことに芸名ではなく本名である。母が桜の花が好きで、「女の子が生まれたら絶対さくらと名付ける」と言う強い意志を抱いていたが、いざ結婚が決まった父の苗字に桜が入っていたため諦めて桜の品種にちなんだ名前を私に付けた。しかし桜の品種の名前は意外と人名に適さない名前が多い。いざ二人目が娘だと判明すると、母は初志貫徹しさくらと名付けた。このエピソードだけで私たちがどんな家庭で育ったか、何となく察しがつくと思う。
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