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zero-抜き取られた瞳
幼さの残る悲鳴が地下室に轟(とどろ)く。
絹を裂く悲壮を滲(にじ)ませた声は、硬質で鈍い鉛色を称える壁に二重三重と木霊する。
醜悪(しゅうあく)な男の手に握られていたのは、緋色の雫を滴らせる紫色(アメジスト)の球体。
拘束台に幾重物ベルトで拘束された少年には右の目が無く、代わりに赤い沼地が出来ていた。
「とう」
絞りだしたか細い声を遮るように、少年の残った目に影がかかる。
「両目だ、分かっているのだろう」
語尾を上げ壁を背に並ぶ白衣の外道どもが、手を伸ばした醜悪(しゅうあく)な男の声を嘲(あざけ)る。
「さ、うぎぃいいいいああああああああああぎああああああああ、やめ、ぎぎぎぎぎ」
唇を噛みしめながら男は、私は子供の口から出た言葉を悲鳴で書き消すように潜り込ませた。
脈動し激しく胸が跳ねた。今にも拘束具を外してしまわんばかりに自由を求めるも叶わない。ただ腕を、足を押さえつける帯が色を濃くしていくばかり。
許せ、許してくれ息子よ。
何度も胸の内で同じ言葉を繰り返す。
これもお前を生かす為なのだ。
狂った世界から解放する為に、この世界にいられるようにする為なのだ。
穢(けが)れた瞳から解放し、新たな生を招き入れる為なのだ。
お前のお前のお前のお前のお前の、
為だ。
繰り返し、繰り返し胸の内で半数する。
握りしめた球体は透き通った緋色を纏(まと)わせながらも鮮やかな死の光を爛々(らんらん)と輝かせた。
春になったら町へ行こう。
大好物の蜂蜜(はちみつ)入りのパンを頬張(ほおば)らせてやろう。
思えばあの時の私は、どうかしていたのかもしれない。
望んだ春は来なかった。
永遠に。
時を止めたのは私自身。
後悔しても戻らない。
こんな事になるのなら、最後まであの子の見方でいたかった。
正しさとは、愚かさとはなんなのだろう。
答えが出ぬまま私は止まった時を生き続ける。
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