148th-消え逝く残り火

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 頭に過ったのはフライパンで殴打されたダガーナイフの姿だった。  俺はなんて馬鹿な事を考えていたんだろう。  ダガーナイフがズルーの側に居続けることなんて不可能だ。  眠らない人間なんていないのだから。  ましてやフリーに殴られて一時は眠っていたとはいえ、ほんの一時間にも満たない時間だった。  ダガーナイフはただでさえ限界が近いんだ。  乾いた咳をする音が直ぐ側で響いた。  俺は祈るようにダガーナイフが眠ってしまわないことを祈る。  一時しのぎかもしれないけれど、数ヶ月眠らずにいたダガーナイフならもう一ヶ月くらいは起きていられたりしないだろうか。  一ヶ月も部屋に入れなければ、ソレも痺れを切らして諦めてくれるかもしれない。  俺の身体だって、眠ったり食べたりしないと生きては居られないんだから。  お願いだ。  今まで不幸続きだったんだから、そんな奇跡くらい起きてもいいだろ。 「なんでこんなに」  不意に俺の声が聞こえた。  ソレが呟きをまた漏らしたようだ。  ダガーナイフに向けた声かとも思ったが、先程の忌々しげな声と違って今回のつぶやきには驚きが見え隠れしている。  手が震えている。 「おい、この身体どこか悪いのか」  三度目の呟きは俺に向けられているようだった。 「力が入らない」  そこで俺は思い出した。  牢屋で飲んだ薬混じりの水の事。  魔眼能力が使えなくなって、身体能力が落ちているんだった。  暫く過ごすうちに余り違和感を覚えなくなっていたし、魔眼が使えなくなってから共有出来なくなっていたソレの記憶も見えるようになっていたからすっかり治った気でいた。 「エンシェントフラワーの水、それでか」  牢屋での事を思い浮かべた俺の記憶が反復されるのと、ソレの呟きは同時だ。  手が震えている。  また乾いた咳を漏らす。 「せっかく、身体を得たと思ったのに。 ズルーに愛して貰えると思ったのに」  大げさにソレが震える両手を眺めた後、よろよろと後ずさった。  どうしたんだろう、急に弱々しくなって。  それは本当に急にだったんだろうか。  嫌な予感がした。  ふっと思い出したのは日常になっていたダガーナイフからの問いかけだ。  俺の顔を見ると必ず口にしていた「大丈夫か」という言葉。  毎日律儀に俺を気遣ってくれる良いやつだとしか思わなかった。  ひょっとしてダガーナイフが俺に声をかけていたのも、段々真剣さが増していたのもただ世話好きなだけじゃなくて気づいていたんだろうか。  そんな訳無い。  ただズルーが心配で、今までの疲れが出てただけだ。    ふっと、昔どこかで聞いた言葉を思い出した。  死期が近づいた人間は死んだ人が見えるのだという。  魔眼が使えなくなって眠っても見えなくなった記憶が見えるようになったのはもしかしたら。  そんな訳、あるはずない。  ソレに近づきすぎたから、ダガーナイフの力が弱まって俺の存在でソレが力を急激に取り戻したからに決まってる。  静かな廊下にただただ乾いた咳が響き続けた。
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