151th-傷つけ合うということ

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 気持ちが思うだけで届けばいいのに。  ズル―の気持ちも俺の気持ちも。  大切だから言い出せない、大切だから臆病になる。    言葉にすればするほど安っぽくて、難しい。  伝えたいことは何も難しくないのに。    それでも思いは口に出さないと形にならないから、気づいても貰えないから伝えなきゃいけない。  きっとそれはズル―にだって分かってる。  俺はズル―に手を伸ばして頬に触れた。  背中を押すつもりだったのに、いざズル―の言葉を聞いたら何を言ってあげたらいいのか全然分からなくて。  えらばった頬は厚くて硬い。  きっとずっと苦労してきたんだろう。  男手一つでアメやあいつを育てて来て、死んだ後もずっとここで一人で過ごしてきて。  筋と皮が指先に触れる感触、乾いた肌があいつと一緒と過ごした年月を伝えてくる。 「もう、楽になっても良いんじゃないか」  そんな事言うつもりじゃなかったのに、気がついたら口走ってた。 「もう楽になって良いじゃん」  言わなきゃいけないことはきっと沢山あるし、ズル―をアメと向き合わせなきゃいけないのに言葉を探さなきゃいけないのに。  たった今ズル―に傷つかなきゃ駄目だって言ったばかりなのに俺何言ってるんだろう。  今は二人の事を考えて背中を押さなきゃいけないのに。    それ以上は本当に何も言えなくて。   「泣いて、いるのか」  年老きながらもしっかりとした声が俺に尋ねる。  俺は必死に首を振る。   「泣いてない」  違うんだ。  俺が言いたいのは全然そんな事なんかじゃなくて。  ズル―に伝えなきゃいけないのに、アメに向き合えって、ちゃんと気持ちを伝えてって。  でも何でだろう。  ズルーと話していると段々と何が正しくて、どうしたらいいのかが分からなくなってくる。  俺が、俺が背中を推してやらなきゃ駄目なのに。  身体が引き寄せられる。  分厚い胸板に抱きとめられた瞬間、熱いものが目頭からこみ上げてきた。    駄目だ。  泣いてる場合なんかじゃない。  説得しなきゃ、二人の中を取り持たなきゃいけないのに。    ふわりと指先が俺の後頭部に触れた。  俺って何でこうなの。  いつも肝心な時に何も出来ない。  発電機を探しにいった時も、今も俺はいつも肝心なところで躓くんだ。  足を踏み出さなきゃいけないのに。  それなのに頭の中ぐちゃぐちゃになるし、考えなきゃいけないこといっぱいあるのに胸から伝わる温もりが、据えた男の匂いが俺を邪魔する。  心臓がバクバク鳴ってる。  身体が熱い。  もうぐちゃぐちゃだ。  訳わかんない。  なんで俺、こんな事してるの。  なんで俺、こんなに考えなきゃいけないの。  成長したと思ってたのに身体は大きくなってきたのに全然俺変わってない。  変わってないところか最低だ。  全然別のこと考え始めている。  このまま抱きしめて押し倒して欲しいっって。  もう全部俺の事受け止めて欲しいって、この重いのも苦しいのもどうにかして欲しいただ楽になりたい。  って。  俺は本当に。 「最低だな」
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